北と南 あらすじ と その後 North & South BBC

マーガレットとジョンのその後が知りたい

4マーガレット横顔父の手紙
4 goodby higgins
はじめまして
North & South について投稿したブログです。2004年にオンエアされたこのドラマに、2021年どっぷりハマりました。出会えて幸せでした。


英BBCドラマ「North & South」
  →本編のあらすじ
  →創作(二人が列車に乗ったあとから


ドラマの原作であるエリザベス・ギャスケルの小説「North and South」
   →小説の初対面シーン
   →小説のラストシーン


BBCドラマ(あらすじは10まで。11からは創作です。)

1   2   3   4   5   6   7   8   9   10
 
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 
21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31(完)

20年後の彼ら(トムの物語)



********************

原作小説

初対面シーン

ラストシーン 1日目 2日目 3日目




19世紀半ばの英国。

ロンドンで裕福な階級同士の結婚式が行われる。新婦の従姉妹 マーガレット・ヘイル(ダニエラ・ダンビ・アッシュ)は話しかけてきた新郎の弟ヘンリーにあいさつする。もともと顔見知りだった二人。将来のことを聞かれたマーガレットは「私の時は、(華やかさよりも)素朴で自分らしい結婚式にしたい」と笑顔で話す。
披露宴マーガレットとヘンリー
数週間後、両親が住む南部ハンプシャー州ヘルストンに戻ったマーガレットを、ヘンリーが前触れなく訪ねてくる。緑豊かな散歩コースを無邪気に案内するマーガレット。しかし来訪の目的がプロポーズであることを察すると、慌てて「今は誰とも結婚する気持ちになれない」と伝える。ヘンリーの好意に気づかなかった自分の鈍感さと、結果的に彼に誤解を与えたふるまいを後悔する。
Henry+proposal
**

翌日、牧師の父リチャード・ヘイルから思いもよらないことが告げられる。住み慣れた家を出て北部に引っ越すことになったという。事情が飲み込めないまま、一家は慌ただしくヘルストンを去り、英国北部ダークシャー州のミルトン行きの汽車に乗る。泣き続ける母マリアをマーガレットは「大丈夫よ、違う惑星に行くわけじゃないもの」と励ます。

くすんだ色の駅に降り立ち 茫然とする一行。気丈なマーガレットは見知らぬ町で家探しをはじめる。その日は彼女にとって強烈な、暗澹たる一日となった。道ばたで羽を毟られ無造作に積まれた鳥肉のグロさ。声を張り上げて卵を売る少年。赤ん坊の泣き声ばかりが響く長屋。迷い込んだ紡績工場ではコットンの繊維が室内に充満し息ができない。そして、そこで管理者が労働者を殴りつける光景を目にする。
ジョン殴る
**

ようやく質素な住まいを得て、新しい生活がはじまる。マーガレットは努めて明るくふるまうが、家族の表情はさえない。穏やかな生活を奪った父を、母は なじる。父は教師の仕事で食べてくつもりだと話すが、「この町に、文化や教養に興味を持つ人が一体どれだけいるの?」と母は声を震わせる。

ある日、マーガレットは父からひとりの男性を紹介される。父の初めての「生徒」だという。振り向いたその顔は、あの日 紡績工場で労働者を殴りつけていた男性、工場主ジョン・ソーントン(リチャード・アーミテージ)だった。「立場の弱い者に暴力を振るうのは最も野蛮な行為」と、父の前でジョンを辛辣に批判するマーガレット。ジョンは冷たい表情でマーガレットに応じる「工場内は火気厳禁で日頃から徹底している。にもかかわらずルールを無視して喫煙しようとしたあの労働者を許すことはできない。火災の恐ろしさは体験した者しかわからない。数ヶ月前にも一本の煙草が引き金となり工場が20分で焼け落ちた。そして300人が死んだのだ」と。
1st+Encounter
(エピソード1の途中まで)


(つづき)

数日後、ジョンの母ハンナと妹ファニーが、ヘイル家を訪ねてくる。マーガレットと母マリアの四人でお茶の席を設ける。が、会話は続かない。南部と北部、上流階級出身者と工場経営者、右肩下がりと右肩上がり。接点がなさすぎる二つの家族だった。皆が賞賛する自慢の息子ジョンのことを、南部出身母娘は軽く受け流す。気分を害したハンナは早々に席を立つ。
ソーントン母娘とお茶

マーガレットは、ミルトンでも散歩を日課にしようと積極的に丘を歩く。あるとき散歩の途中、見覚えのある父娘を見かけて声をかける。ジョンの工場で働くベシーと、その父ニコラス・ヒギンズだった。ニコラスは以前 道に迷ったマーガレットを助けたことがあった。彼らにシンパシーを感じたマーガレットは、ヒギンズ家を訪れるようになる。
ヒギンズ父娘と会う

ジョンが講義のためにヘイル家を訪れた日。南部を馬鹿にされたと感じたマーガレットは、両親の前でまたしてもジョンを非難してしまう。なりゆきでジョンは、裕福な暮らしをしている自分たち家族も 父を(自死で)亡くした十数年前は極貧生活をしていた事実を話す。黙り込むマーガレットに、ジョンは 「バックグラウンドが異なる人もお互いを知れば理解できるようになるのでは」 と手を差し出す。しかし、握手の習慣のないマーガレットはその手をとることができない。

**

ヒギンズは、別の工場で働く男たちに声をかけて100人ほどの集会を開く。様々な経営者の元で働く労働者が一堂に会するのは、これが初めてだった(いわゆる労働組合)。「時が来たら、賃金アップを求めストライキ(いわゆるゼネスト)だ。準備をしよう!」と気勢を上げる。
ストライキ初顔合わせ

ミルトンに引っ越してから、メイドのディクソンは愚痴ばかり言うようになる。マーガレットはアイロンがけなど家事の一部を担う、と申し出て、家の雰囲気が少しでも良くなるようにと家事をこなす。しかし 慣れない作業に疲れがたまっていく。

定期的にヘイル家を訪れるうちにジョンはマーガレットに惹かれてゆく。誰かと会話したり、お茶を準備する彼女を優しい顔で見つめるジョン。しかしその視線を感じてもマーガレットには戸惑いしかない。育った環境があまりに違うため「普通の会話」が成立しない相手である。

マーガレット笑顔

常に薄暗い空。色味のない街角。話しかけても笑顔をみせない人々。マーガレットは自分の前向きさがどんどん削がれていくのを感じる。そしてジョンが再び煙草の一件の労働者にひどい言葉を浴びせているところを偶然見てしまい、嫌悪感をあらわにする。その夜、従姉妹のイージスにあてた手紙にはこう記された。「北部の人に 他者への気遣いや寛容の精神は ありません。神様はこの町を見捨てられたのでしょうか」

(エピソード1のさいごまで)

(つづき)

マーガレットがジョンの紡績工場を訪ねる。母マリアの体調が優れないため、ハンナに医者を紹介してもらうためだった。帰りがけにジョンに声をかけられ雑談する。雇用に対する彼のドライな考え方を 興味深く聞くマーガレット。しかしハンナが窓から自分たちを見ていることに気づき、足早に去る。

雇用の考え方


母と妹が話すマーガレットの悪口を、ジョンは遮る。「尊敬する先生の娘さんなのだから悪く言わないで」という言葉に、「お高くとまったお嬢様さ。彼女はおまえのものにはならないよ。」と釘を刺す母。なんとなく悪い予感がする。ハンナは不快さを隠さない。


2ハンナとジョン

ヒギンズの家で、マーガレットはベシーに ある秘密を話す。自分には兄がいる。もう何年も会っていない。彼は海軍に入隊したが、横暴な上官から仲間を守るために規則を破り逃走、いまは反逆者となってしまった。実はスペインに潜んでいるのだ、と。

**

マーガレットがミルトンに来て1年が過ぎたころ、すべての工場がストライキで停止する。当初2週間の予定だったが、労使双方が譲らず、4週間たっても事態は進まない。ニコラス・ヒギンズは経営者たちを「私利私欲に走るブルドッグ」と非難するが、マーガレットは「Mr.ソーントンを一括りにすべきでないのでは?」といさめる。ジョンの紡績工場が他にくらべて高い賃金を労働者に支払っていたことや、空気を改善させる機械の導入していたことを知り、非道な経営者というイメージはすでになかった。

リチャードのオクスフォード大学時代の友人 Mr.ベルが、ヘイル家を訪れる。彼はマーガレットの後見人(ゴッドファーザー)であり、出身地のミルトンに多くの不動産を持っていた。(そもそもリチャードがミルトンを移転先に選んだのはMr.ベルの助言があったからだ。)久しぶりのなごやかな語らいにホッとする一家。


ストライキが硬直する中、ソーントン家で毎年恒例のディナーが開かれる。他の紡績工場のオーナー達と共に招かれるMr.ベルとヘイル父娘。ジョンはドレス姿のマーガレットに目を奪われる。

マーガレットドレス

マーガレットは以前拒否した握手をジョンと交わす。ちらちらと視線が絡みお互いを気にする二人。

握手2

ジョンの妹ファニーは夕食の席で、マーガレットがヒギンズ父娘と交流があることを暴露する。オーナー達にとってニコラス・ヒギンズは ストライキの先導者(煽動者)である。冷たい視線をマーガレットに向けるオーナーたち。「飢え死にしそうな子供にほんの少しの食料を持って行くことの何がいけないのか」と周りを見据えて答えるマーガレット。ジョンは「そういう行動がストライキを引き延ばし、結局彼ら自身の首を絞めている」と経営者の顔で告げ、ほかのオーナーから拍手が起きる。

(エピソード2の途中まで)

(つづき)

母マリアの体調は徐々に悪化する。マーガレットは パーティーの時に聞いたウォーターマットを思いだし、母のために借りようとジョンの家をたずねる。

そこへストライキ中の労働者たちが門を壊してなだれ込んでくる。借金返済のため何とか工場を稼働したいジョンが、アイルランド人を働き手として連れてくる という禁じ手を打っていた。それがバレたのだ。「アイルランドの奴らを引きずり出せ!」怒号が響く構内。
2なだれ込む労働者
ハンナは取り乱す娘ファニーを建物の奥に連れて行く。残されるジョンとマーガレット。
警察が来るのを待とうというジョンに、「あの人たちは正気を失い、自分たちが何をしているのかわかっていないだけ。あなたは(ture) manとして、きちんと彼らと向き合うべき。」と対話を促す。ドアステップに出て行くジョン。しかし次の瞬間 興奮した労働者のひとりが石を手にしたのを見てマーガレットは無我夢中で外に飛び出す。「落ち着いて!こんなことをしても何もならない。警察が来る前に家に戻って!」と労働者たちに訴える。混乱の中、投げられた石を頭に受けマーガレットはその場に崩れ落ちる。そのすぐ後に警察が到着し、労働者たちは逃げてゆく。
こめかみから値2
ジョンが警察に事情を話している間に、マーガレットは意識を取り戻す。そして周囲が止めるのも聞かず 青い顔で家へ帰る。家族(母)に心配をかけたくなかったからだ。居間に戻ったジョンは、マーガレットがいないことに驚く。「あの状態で戻るなんてあり得ない」。母ハンナは「ムリだって言ったのに強引に帰ったのよ。あんなに向こう見ずな人みたことない。ここに居たくなかったんでしょ!」と言い放つ。マーガレットがジョンをかばったこと、それがまるで抱きつくように見えたことが、すでにメイドの間で噂になっていた。
2向こう見ず ハンナ
自分の代わりに怪我をしたマーガレットに思いを募らせるジョン。「明日ヘイル家に行く。彼女に言わなければならないことがある」と母に言う。プロポーズしようとする息子に、複雑な心境の母。

翌日ジョンはマーガレットの元を訪れる。お詫びにきたと思い込み対応するマーガレット。「気にしないでください。あれが誰であっても同じようにかばいました。責任を感じる必要はないです。」ジョンは「誰であっても」の言葉に目を伏せる。
ぎこちない会話が続き、やがてマーガレットはジョンが求婚しようとしていることに気づく。気持ちの準備ができていなかった彼女は様々なことを口走ってしまう。「こんな風な告白は紳士的ではない」「名誉を守ってくれようとしなくても大丈夫」「あなたの財力なら、おちぶれた家の娘を手に入れることも訳ないですね」。傷つくジョン。マーガレットは「好きだから求婚に来た」と言ってくれたジョンにひどい言葉で応えた自分に気づき、こんな形になったことをわびる。しかし「あなたがどういう人なのかよくわかった。」と告げジョンは去る。
2断られた求婚

 I don't want to possess you. I wish to marry you because I love you !


(エピソード2 おわりまで)

(つづき)

失意のうちに帰宅したジョンは、求婚を断られことを母に伝える。安堵と怒りが交錯する母。「あんな女おまえにふさわしくないわ。よそ者はミルトンから出て行けばいい」。結局自分を愛してくれるのは母だけなのだとジョンは遠くを見つめる。
2 no one loves me

警察ざたになったことでストライキは目的を達さないまま終わり、工場には労働者たちが戻ってくる。
→小説の中の場面(断られた翌日)

マーガレットに石を投げ警察に追われているバウチャーがヒギンズ家を訪ねる。かくまってほしいと懇願するが、ニコラスに冷たく追い返される。「おまえがあんなことをしたから、台無しになったんだ!組合は ならず者の集まりだ、と烙印を押されたんだ!」。泣きながら出て行くバウチャー。

それから程なくしてヒギンズの長女ベシーが亡くなる。ストライキの失敗と娘の死で自暴自棄になるニコラスを、マーガレットと父が慰める。間の悪いことに「元気を出してね」とヒギンズに寄り添っているところをジョンが通りかかる。
**

マリアの元に万国博覧会の招待状が届く。マリアはマーガレットに、自分の代わりに見学してきてほしいと話す。具合の悪い母を残して家を空ける気分になれないとしぶるマーガレット。しかし、「あなたが知った新しい世界のことを私に話して。」という母の願いを叶えるためロンドンに向かう。自分はもう長くはないと悟ったマリアは、死ぬ前に一目息子フレデリックに会いたいと口にするようになる。またハンナにマーガレットの行く末を見守ってほしいと頼む。
3万博一行

マーガレットは叔母家族と共に万博博覧会を訪れる。会場内でジョンがこれからの紡績産業について生き生きと話しているのを偶然見かける。彼女がそこにいることに気づいたジョンはイヤミを言う。マーガレットはただ耐える。それに復讐するかのように同行していたヘンリー(=従姉妹の義弟・弁護士)が ジョンをからかう。ジョンが去ると、ヘンリーに反論するマーガレット。「彼は向上心あふれる紳士です。父と対等に話ができる人なのだから」。北部の考え方に理解を示し ジョンを擁護するマーガレットを、叔母達は戸惑ったように見つめる。

**

マリアの容態がいよいよ予断を許さなくなったある夜、マーガレットの兄フレデリックが危険を冒してやってくる。数週間前にマーガレットが密かに手紙を書いたのだ。十数年ぶりの再会を抱き合って喜ぶ家族。
翌日、母を囲んで昔話に花を咲かせているとき、ジョンがマリアの好物の果物を持ってヘイル家を訪れる。フレデリックの存在を隠そうとするマーガレットは戸惑う。ジョンはその戸惑いを、拒否だと感じ無言で去る。誤解を解きたいマーガレットはジョンを引き留めるが彼は振り向かない。


その夜マリアは皆に見守られながら息を引き取る。
悲しみに浸る暇はなかった。フレデリックを捕まえて報奨金を得ようとする人物(レオナルド)が、メイドのディクソンに接触してきたというのだ。こんな街にまで追跡者がいることに恐怖を感じる家族。その日のうちにフレデリックを逃がすため、兄妹は駅に向かう。

ロンドン行きの汽車がホームに入り、マーガレットは次にいつ会えるかわからない兄と抱擁するが
よりによって、偶然駅にいたジョンにその姿を見られてしまう。
そしてその直後、レオナルドが現れフレデリックに迫る。もみ合ううちにレオナルドは階段を転げ落ち、見えなくなる。フレデリックを乗せた汽車を見送ると足早に去るマーガレット。

3転落した階段

(エピソード3の途中まで)

(つづき)

マーガレットの母マリアの葬儀が開かれる。ソーントン家のメンバー、Mr.ベル、ヒギンズなどが出席しただけの寂しい式だった。ジョンは黒衣のマーガレットをみつめる。

3喪服のマーガレット

下町でも別の死があった。近くの川でバウチャーの水死体が発見されたのだ。自殺した夫にすがりついて泣いた妻もすぐに後を追って亡くなる。ヒギンズは孤児になったバウチャーの6人の子供を引き取ることにする。

**

母の葬式から数日後、マーガレットのもとに警察官がやってくる。「数日前に駅に行ったかを確認するために来た」という。その日はまさにフレデリックがロンドンに向けて密かに汽車に乗った夜だった。「駅の階段から落ちた男が亡くなりまして…落ちたことが致命傷だったわけではないかもしれませんが」。凍り付くマーガレット。フレデリックを守るために「駅になど行っていない」と嘘をつく。

マーガレットが夜中に男性と出歩いていたことはジョンの母ハンナの耳にも入っていた。「ふしだらな女」と悪口を言う母を、ジョンは「口にするのも不愉快だからもうやめよう」と遮る。そのちょっとした表情から息子がまだマーガレットを思っていることを感じる母。

ジョンは治安判事として警察官から捜査の経過を聞き、マーガレットが嘘をついたことを知る。彼女はおそらく「恋人」を救うために嘘をついたのだ。苦悩するジョン。悩んだ末、職権により捜査をおわらせる。
3苦悩するジョン

「この事故に事件性はなく、従って検視の必要はない。この決定の責任は私が負う」とジョンが署名した書類を持参して、警察官がマーガレットのもとにやってくる。絶句するマーガレット。自分に罪が及ばなくなったことやフレデリックが安全になった安堵感よりも、もっと大事なものを失った自分に気づく。自分が嘘をついていることをジョンは知っている…。

定期的な講義でヘイル家を訪れたジョンにマーガレットはお礼を言いかける。しかしジョンは直ちに拒否する。マーガレットは一緒にいた人が兄であることを言いかけるが、言葉を飲み込む。彼女の言動すべてに失望するジョン。「あなたのためなどではない。父上のためだ。以前あなたに抱いていた青臭い感情はもうこれっぽっちも残っていないからご心配なく」。マーガレットは目を伏せる。


I hope you realise that any foolish passion for you on my part  is entirely over.


(エピソード3のおわりまで)

(つづき)

紡績工場をクビになったヒギンズがヘイル家にやってくる。家族を養うために職を得たいが、組合幹部だった自分を受け入れる工場はもうない。南部に行って仕事がしたい、という。南部だってパラダイスではないよ、と再考を促す父。マーガレットはジョンの紡績工場に当たってみたらどうかと提案する。ジョンを毛嫌いするヒギンズは、「あいつに請うくらいなら飢え死にを選ぶ」と拒むが、マーガレットは「Mr.ソーントンは人を正当に評価してくれる」と背中を押す。

「亡くなった母上からあなたを正しい方向に導いてほしいといわれた」と、ジョンの母ハンナがマーガレットを訪ねてくる。しかし話の内容は一方的な非難だった。「夜に男性と出歩くなんて」「あなたが息子のプロポーズを断ってくれて本当に良かった」。マーガレットはすべてを聞かずに部屋を出て行く。

ジョンは増加しつつある受注に対応するため、新しいマシンを導入しようと模索する。しかし資金繰りがつかない。銀行に交渉するが良い返事はもらえない。「投機でもうける時代だよ」と言われ眉をひそめる。

**

ヒギンズは悩んだ末にジョンの工場を訪れ、雇ってほしいと頭を下げる。しかしジョンの対応は終始冷淡でつけ入る隙が無かった。ヒギンズは「やっぱり俺の思った通りだった。”彼女”はあんたを買いかぶりすぎなんだよ」と言って去る。

その夜、仕事をしているジョンの隣で妹ファニーがマーガレットの悪口をまくしたてる。「今日買い物をしていたら、あの人が店に入ってきたのよ。」

3ファニーと店で会う

「もうすぐ結婚式なの、盛大にやるつもりよ、っていったら軽蔑するような目で見るのよ。何様よ!」「結婚できないくせに」「投機の話をしたら目をまん丸くして驚いて、兄さんはそういうことには手を出さないと思う、なんて言うのよ。わかった風な口きいちゃって!」。ジョンは珍しく妹に声を荒げる。「人通りの多いところででそんな話をするんじゃない。」もう吹っ切れたはずなのに。心のどこかに彼女を信じたい自分がいる。

翌日、ジョンはヒギンズの家を訪ねる。バウチャーの孤児を引き取って育てている事実を目にして、嘘つき呼ばわりをしたことを詫びる。そして雇用契約を結びにここに来たと告げる。「あんたと上手くいく気はしないけど、仕事は仕事だ。精一杯働くよ。」と申し出を受け入れるニコラス・ヒギンズ。二人は目と目を合わせ握手する。別れ際にジョンは聞く。「ミス・ヘイルか?お前に助言した女性っていうのは?」。ヒギンズはニヤリと笑う。

3ヒギンズ家にジョンが訪れる

(エピソード4の途中まで)

(つづき)
3ヒギンズを雇ったとジョンが言う

定期的な講義の日。父の部屋に自分を案内するマーガレットに「ヒギンズを雇うことにした」とジョンは告げる。マーガレットは以前のようにジョンをまっすぐに見ることができない。「私の名前がでたら、話はまとまらなかったでしょうね…」と、うつむいて言う。「軽蔑されていることはわかっていますから」。ジョンは答えずに階段を上ってゆく。

ヒギンズは生来の真面目さを発揮し、模範的な労働者として一目置かれるようになる。ジョンはいつも本を音読しながらヒギンズの終業を待つトム(バウチャーの長男)の姿に目を細める。
トムが食事をせずに待っていることから話が発展し、工場の敷地内に食堂をつくってはどうか、と提案するヒギンズ。ジョンはヒギンズの発想力と実行力を評価し、一方ヒギンズは経営者としてのジョンの器を認めるようになっていた。
その後、食堂が完成する。ヒギンズの次女メアリがつくるシチューをほめるジョン。オーナーであるジョンが自分たちと肩を並べて食事をする様子に 労働者達は皆驚き、顔を見合わせる。
しかし やがてそれも、見慣れた光景になっていく。

4ジョン食堂へ
**

ジョンの妹ファニーが教会で結婚式を挙げる。相手はハイリスクな投機で資産を増やすワトソン(紡績工場のオーナーの一人)。式場でジョンを見かけたマーガレットはお祝いを伝えたかったが、彼が美しい女性を伴っているのをみて目をそらす。

4ファニー結婚式

マーガレットの父は、久しぶりに見たジョンの覇気のなさが気になる。マルボロ・ミルの経営が思わしくないという噂はかなり前から知っていた。心配するリチャード。

**

Mr.ベルからリチャードに手紙が届く。ひさしぶりに仲間たち皆でオクスフォードに集まろうという誘いだった。出発の日、「何故だろう…緊張しているんだよ」と笑う父をマーガレットは笑顔で送り出す。これが父とマーガレットの最後の時間だった。

オクスフォードで楽しい時を過ごしていたリチャードは、予兆も無く突然亡くなる。知らせを聞いてただ呆然とするマーガレット。なにも手がつかないまま日々が過ぎる。唯一の血族である叔母は、この事態を取り仕切る。「こんなひどい所、早く縁をきらないと」「まともは友達なんているわけないわ」。マーガレットがロンドンに戻ることがあっという間に決まる。

ロンドンへ発つ日、マーガレットはソーントン家を訪れる。お世話になりましたとハンナに別れの挨拶をする。「もう出発するのですか」と聞くジョンに、マーガレットは「父の形見のプラトンをもらってください」と講義で使っていた本を渡す。大切そうに受け取ったあとジョンはもう一度聞く。「もう戻ってくることはないのですか」。「どうぞお元気で」というのが精一杯のマーガレット。
ジョンは、ドアステップから、馬車で去って行く彼女を見送る。「こちらをみて。振り向いて」とつぶやくが、彼女に振り返る余裕はなかった。
4look back at me

駅までの道中、ヒギンズ父娘を見かけマーガレットは馬車を止める。会えて良かったと抱き合い、お金の入った袋を渡す。断るニコラスだったが「これはあなたじゃなく子供たちの為よ。あの子たちの様子をまた教えて」といわれ受け取る。馬車から様子を見ていた叔母は、小汚い労働者の頬にキスをする姪の行動に眉をひそめる。


Look back...Look back at me !

(エピソード4の途中まで)

(つづき)

マーガレットがロンドンに戻って3ヶ月が過ぎた。いまだ喪服を着て塞ぎ込むマーガレット。同居するイージスや叔母たちは見守るしかない。

ある日、マーガレットはヘルストンを訪れる。元気のない彼女を励まそうとMr.ベルが提案してくれたのだ。以前、住んでいた牧師館をMr.ベルとともに訪れるマーガレット。庭いっぱいに咲いていた黄色い薔薇の木は全て抜き取られていた。

4昔の家

そして新しい牧師夫婦との会話で自分の価値観が変化したことを実感する。
ヘルストンを歩きながら、Mr.ベルは自分が病気で長くはない体であることをマーガレットに告げる。そしてミルトンの不動産を含むすべての財産を彼女に贈与したいと申し出る。固辞するマーガレット。しかし「温暖な国(アルゼンチン)で余生を送ること以外、望むことはない。」という彼の思いを受け入れる。
4ベルに打ち明ける

一方マーガレットはジョンへの想いをMr.ベルに打ち明ける。__ジョンは兄フレッドの存在を知らない。自分は誤解され、軽蔑されている。今更もう どうにもならないとわかっているのに苦しい。自分はどうしたらいいのだろう__

**

Mr.ベルはアルゼンチンに発つ数日前、ジョンの元を訪れ、マルボロの工場や家を含めた不動産のすべてをマーガレットに譲ったことを告げる。驚くジョン。若い二人がお互いを求めながらもそれを言えずにいる、と感じたMr.ベルは、マーガレットの本心を伝えようとするが、ジョンに遮られる。

4ジョン、ベルの離しを遮る
**

Mr.ベルから引き継いだ投機商品が値上がりし、マーガレットの資産はますます膨れ上がる。からくりをヘンリーから聞くがマーガレットにとって縁遠い世界のように感じる。彼女の気持ちを動かしたのはヘンリーが最後に付け加えた情報だった。「ソーントン家の兄妹は明暗分かれたよ。妹の方は旦那の投機の成功で笑いが止まらないだろう。それに比べて兄の方は倒産だ。マルボロ・ミルは他のテナントを探した方がいいんじゃないのかな」。
マーガレットはジョンに融資を申し出るためミルトンに行く決意をする。未来はわからない。しかし自分の住む場所はヘルストンでもロンドンでもない、と強く感じるマーガレット。

その頃、ジョンは誰もいない工場にいた。もう動くことのないマシンを見つめる。
最後の作業を終えたヒギンズがやってくる。おもむろに嘆願書をジョンに手渡す。「もしまた工場が再開されたら、あんたの元で働きたいってみんな言ってるんだ。その署名さ」。すこし微笑むジョン。

4ヒギンズが兄のこと伝える

ヒギンズ:ところで、マーガレットはどうしてる?
ジョン :元気だそうだ。ロンドンにいる。
ヒギンズ:…そうか、スペインには行ってないのか
ジョン :…スペイン? なぜ…スペイン?
ヒギンズ:だって兄さんが住んでいるんだろう? 今となっては唯一の家族だ
ジョン :兄さん?…兄弟はいないはずだ
ヒギンズ:いるさ。Mrs.ヘイルの死に際に会いに来た人。 極秘にな。
ジョン :…
ヒギンズ:うちのメアリーがちょっと手伝ったんだよ。
ジョン :…
ヒギンズ:娘は無口な子だが、私だけに教えてくれた。
ジョン :それが本当なら、Mr.ヘイルはなぜ息子のことを黙ってたんだ。 
     普通なら話にでるものだろう
ヒギンズ:法を犯したか何かで…知られるわけにはいかなかったんだろう
ジョン :…
ヒギンズ:海軍のスキャンダルを告発したとか、よくわからんが…かなりまずい状況だったようだから
ジョン :…お兄さんだったのか…あの人

4 he was her brother

ジョンは南行きの列車に乗りヘルストンへ向かう。

**

翌日
マーガレットがミルトンに着いたとき、ジョンはいなかった。母ハンナは高そうな服を着て現れたマーガレットに「ドヤ顔しにきたわけ?あいにくジョンはいないよ。」と冷たく言う。「そんなつもりありません。」「彼はすばらしい紳士です。なのに私はそれを全く理解しないまま、彼をひどく傷つけてしまいました」。行き先を言わずに姿を消した息子を心配するハンナにの腕に、そっと手を添えるマーガレット。


(エピソード4の途中まで)

(つづき)

その日の午後。ミルトンとヘルストンの中間点の駅。
ジョンに会えなかったマーガレットは、ヘンリーと共にロンドンに向かっている。そこへジョンを乗せた北行きの汽車が入線し、二人は思わぬ形で再会する。

**

視線をマーガレットから離さないまま、ジョンはゆっくりと彼女がいるホームに降り立つ。

カートで荷物を運ぶポーターが近くを通り過ぎる。

「…どうしてここに?」

ジョンが問う。

腕まくりした彼を眩しそうに見上げるマーガレット。

「ロンドンに帰るところです。…実はさっきまでミルトンに…」

ジョンはマーガレットの口から発せられる”ミルトン”の発音をかみしめる。

少しの沈黙。

ゆったりと微笑むジョン。

4you have to look hard

「わかる?…今日どこに行ってきたか」

そう言うと、胸のポケットから黄色いバラをとりだし、マーガレットに渡す。

驚くマーガレット。

「まさかヘルストンに? それに…もうバラはなかったのに」

「人目につかない垣根でみつけたんだ」

ジョンは、ドレスのストライプと同じ色の瞳をみつめる。

マーガレットは期待してしまいそうな自分が怖くて、ジョンの目を見続けられない。

「…」

「どうしてミルトンに行ったの?」とジョンが柔らかく問う。

マーガレットの声色は硬い。

「じ…事業に関することです。工場をこれからどうするかを含めて話さないといけないと思って」

マーガレットは「ヘンリーから説明した方がいいと思うわ」と言いながら呼びに行こうとする。

その腕をとるジョン。

「ヘンリーは必要ない」

近くのベンチに座るジョン。

ヘンリーが汽車の窓からこちらを見ている。

マーガレットは、「これはあくまでビジネスの話で…」といいながらジョンの隣に腰を下ろす。

「いま銀行に15,000ポンドあって…でもほとんど活用されていないので全然利息が増えないそうです」

ジョンをみたり 下を向いたりしながら続ける。

「そ、それで私の投資アドバイザーが言うには、あなたの工場を再開してそこに投資すればもっとリターンが増えていいだろうって…」

「……」

ジョンは一生懸命に説明する愛しい人を優しい眼差しで じっと見つめる。

見つめられて目のやり場に困りながらも「これは個人的なことではなくてビジネスなので」とがんばるマーガレット。

「もちろん、あなたのご都合もあるでしょうし、結局はあなたの…」

「…」

ジョンは、マーガレットの手に自分の手をそっとのせる

「…!……あなたの判断次第です」

なんとか最後まで言うマーガレット。

ジョンの手の感触。

これは夢なのだろうか。

遠慮がちにジョンの手に自分の手を重ねる。

4手を重ねる

「…」

するとジョンの手が彼女の白い指を覆う。

温もりを求めて包み、包まれる 二人の手

マーガレットは様々な思いが押し寄せて顔を上げることができない。

「…」

気持ちのままにジョンの手を持ち上げるとその甲に口づける。

「…!…」

夢なのだろうか。

マーガレットの頬に優しく触れるジョン。

「…」

マーガレットは甲から唇を離し、ゆっくりと視線を上げる。

見つめ合いながら唇を重ねる二人。

「…」

目を閉じる。

4キスシーン
**

マーガレットはヘンリーに別れの挨拶をし、荷物を受け取る。

ロンドン行きの列車が遠ざかる。

ホームに立つジョンの元に戻り、無言で彼を見つめるマーガレット。

ジョンが言う。

「 You're coming home with me...? 」

「…」

4 yes i am

うなずくマーガレット。

自分の住む場所を選ぶときがきた。

二人はミルトンへと旅立つ。


(つづき)

4you are coming home with me



「帰ろう…一緒に。」

マーガレットの荷物を持ったジョンがコンパートメントの扉を閉めると、列車はゆっくりと動きだす。

* *

速度を上げて緑の中を進んでいく空間で、並んで座る二人。

マーガレットは 手のひらに咲く可憐な黄花を眺めながら思い出している。

「家が見つかるまで 路頭に迷うのよ…私たち」

  「大丈夫よ、ママ すぐに見つかるわ。決まるまでホテルで待っていて。 」


バラを撫でながら列車

あのとき、この花を撫でながら絶望的な気持ちでミルトンに向かっていた自分が、今は望んで北へ行こうとしている_。

「…」

マーガレットを見ていたジョンが、ゆっくりした口調で言う。

「以前、きみの家で、ヘルストンのことが話題に出て…Mr.ヘイルはこのバラのことを話していた」

「父が?」

横を向くマーガレット。

ああ、とうなづくジョン。

「季節になると家の周りが黄色と緑で埋め尽くされるんだよって。庭師に手入れさせるんですか?と聞いたら、基本的に何もしない。たくましいものだよ、まるでマーガレットみたいに、って笑っていた」

「まあ、お父様ったら…」

目を伏せて微笑んだあと、悲しそうな目をする。

「 私もヘルストンに行きました、少し前に。
  昔住んでいた家を訪ねて…でも」

少し遠い目をする。

「ここじゃないって思いました。私の戻る場所はもうここにはないって。懐かしい家も 大好きだった散歩道も あの頃と同じなのに…。私の方が変わったのでしょうね」

「…」

マーガレットは少し黙ったあと視線をあげる。

「なぜ…あなたはヘルストンに?バラを探しに行った…わけではないんでしょう?」

「…」

ジョンは少し考えて言う。

「なぜだろう…あそこに行けば何かわかる気がした。
   自分の問題と、その答えが」

「…」

マーガレットはまばたきをする。

「わかりましたか? 知りたかったことが…」

「…」

マーガレットの目を見ながら小さく頷くジョン。

返事の代わりに愛する人に近づくき、そっと口づける。

目を閉じるマーガレット。

二人の横顔に、窓からの光と 木の影が映っては流れる。


4列車の中でkiss


(つづく)

(つづき)

**

日が西に傾き、マーガレットの髪が夕日を反射する。

「ヒギンズ家の人たちはみんな元気かしら…
  手紙を送ったけれど、返事がまだなんです。」

上着を脱いでくつろいだ様子のマーガレット。

ジョンはブラウス姿の彼女を眩しそうに見る。

「あいつは工場の最後の日も、しぶとく働いていたよ。」

少し笑う。

「そう…。彼は真面目な人でしょう?」

否定しない表情のジョン。

マーガレットはジョンを見つめる。

「ニコラスがあなたの工場で働くことが決まったとき、彼、驚いていました。」

「何に? マシンに?」

「いいえ、あなたに。」といって続ける。

「『マスターが、この家まで来たんだ』って。『俺に謝ったんだ。養子のことを嘘だと決めつけて すまなかった』って。」

「…」

「工場主なのに…そんなことができるのはあなただけです。私は…その話を聞いた時…厚かましいけれど…すごく誇らしかった。あなたのことが。」

口元を緩め、控えめに微笑むジョン。

**

外の景色がながれてゆく。

ジョンは少し考えるという。

「昨日ヒギンズに会わなければ、今ここで…こうしていなかったと思う。
  あいつの言葉がなければ…」

「…え?」

今度はマーガレットが聞く。

すこし言葉を考えた後、ジョンはマーガレットをみつめる。

「君に兄弟がいるなんて全く想像しなかった」

「ぁ…」

少し何かを言いかけるが彼女の声は小さくて 列車の音に消される。

続けるジョン

「駅で見た男性は恋人だとずっと思っていた…。疑いようがなかった。」

「…」

視線を落とし「兄のこと…」とつぶやくマーガレット。

「直接言えなくてごめんなさい。何度かいう機会があったのに…本当に、私…」

「…」

彼女の耳の小さな金の輪がゆれるのをみるジョン。

穏やかな表情で言う。

「兄弟でよかった。」

左腕で彼女を引き寄せ、イヤリングにヒゲの頬をよせる

そしてもう一度言う

「兄弟で…よかった」

肩を抱き、しばらくそのまま電車の揺れに身を任す。

**



(つづく)

(つづき)
**

日が暮れたミルトン。ソーントン家の居間。

一人、座って刺繍をしているハンナ。

階段を上る息子の足音が徐々に大きくなる。

部屋に入ってきた気配。

「母さん」

後ろから声をかけられ、はじめて刺繍から目を離しジョンを見る。

「おかえり」

「ただいま」

上着は着ているがネクタイをせず 無精ひげが見えるジョン。

「…」

母は息子から生地に視線を戻した後、針を動かしながら言う。

「ジョン、どこに行ってたのかは聞かないよ。
  …お前が戻ってよかった。」

「…」

「父さんは戻ってこなかった。

「…」

「でもお前は戻ってくれた…それで十分。」

自分自身に言い聞かせるような母の声。

ジョンは、母が座っている椅子の近くまで来ると、その背もたれに手を置く。

「母さん…言わなければいけないことがある。」

「…」

小さく息を吸うという。

「僕は今日、 Ms.ヘイルに会った。」

「…、」

ピクッとし、近くの壁を見上げる母。

「そして彼女にプロポーズした。」

ハンナはゆっくりと振り返り、息子を見る。

「…」

柔らかな表情をしている。何ヶ月ぶりだろう。

「彼女は受け入れてくれた…僕のことを」

満たされた息子の声。

ハンナはマーガレットの言葉を思い出す。


『昔、あなたに責められました。
Mr.ソーントンのこと知ろうとしないまま、プロポーズ
を断ったって…。
    本当にあなたの言うとおり…あの頃は何もわかっていませんでした。』


「…」

あの後、二人は会ったのだ。

「そうなのね」

感情を出さないように、まばたきをする母。

少しの沈黙。

「ジョン…おまえは、あの人のことを 信じられる?」

はっきりというジョン。

「ああ、信じている。彼女のすべてを。」

「…そう。それなら私は何も言えないよ」

刺繍に目を戻し、会話を終わらせようとする母。

(つづく)


(つづき)

**

翌朝、マーガレットは、ヒギンズの家の前に立つ。

中指でコンコンと木戸をノックする。

しばらくしてドアが半分開き、メアリが外をうかがう。

「Ms.ヘイル!」

「メアリ…!」

驚いた顔のメアリと抱き合うマーガレット。

わらわらと室内から子供たちが出てきてマーガレットを見上げる。

頭を撫でたり抱きしめたりしながら、笑い合う。

**

座り慣れた空間におちつくマーガレット。

子供たちは狭い空間でままごと遊びをしている。

マーガレットは久しぶりに訪れたヒギンズの家を見回す。

「ニコラスは?」

飲み物をテーブルに置きながら「それが…」とメアリ。

「工場に行きました…今朝早く。すごく慌ただしく…」

「そう」

マーガレットは遊んでいる子供たちに目を向けると、「トムも?」ときく。

うなづくメアリ。

「あの子はどこにいくにもついて行きます。」

メアリは何かを思い出し、壁際にあった紙を数枚持ってくる。

「トムがあなたに書いた手紙です…」

「まあ…」

マーガレットは書かれた文字を見る。拙いが一生懸命に書いたとわかる。

「切手代が無くて…送れませんでした」

「…」

自分がロンドンで紅茶を飲んでおしゃべりしている間も、メアリたちの貧しさは続いていたのだ。

手紙の一枚一枚、丁寧に目を通すマーガレット。

メアリはうつむきがちに言う。

「今日は いつまでミルトンに?…お父さんに会う時間ありますか?」

マーガレットは「ええ…」とメアリに微笑む。

「会えるわ。というか…これから いつでも会えるの。」

「…?…」

**

ジョンの工場。

ガランとした社員食堂に男たちが数人集まっている。

ジョンと、副工場長、ヒギンズ、他2人。

ジョンが言う。

「まずは材料の入手だ。それがないと何も始まらない」

仕入担当だったオブザーバーが言う。

「現金で買うことを条件にすれば、数日中には入荷できると思います。」

うなずくジョン。

「それまでに」とヒギンズの方を向く。

「マシンがちゃんと動くか、整備して試運転できるか?」

ヒギンズは真剣な顔で答える。

「俺一人じゃ無理だ。パトリックとロバートあたりが入ってくれればやれないことはない。」



(つづく)


(つづき)

**

食堂を出て、構内を早足で歩くジョン。

従来は材料や製品の積み卸しで 人や馬がせわしなく行き交っていた場所も、いまはガランとしている。

「マスター!!」

後ろから呼び止められ、振り向くジョン。

ヒギンズが駆け足で近づく。

「そんなに急いで歩くあんたを、久しぶりに見るよ。」と息を弾ませ追いつく。

「それで…あの後は__」

「…」

仕事モードだったジョンの顔が少しゆるみ、小さく「ああ」という。

眼差しからも、ジョンとマーガレットの成り行きを確信するヒギンズ。

小さく何度かうなづくと、右手を差し出す。

「…」

無言でその手に握手するジョン。

「これから相当忙しくなる。頼むぞ。」

門の方向に体を向けながら ついでを装う。

「マーガレットがおまえの娘に会いに行くと言っていた」

それだけいうと去って行く。

ジョンが “マーガレット”と言ったことに気づくニコラス。

”Ms.ヘイル”ではなく。

安心した顔でその背中を見送る。

**

その日の午後。

以前住んでいた家の玄関に立つマーガレット。

「あなたが住んでいた頃のものがかなり残っていますよ、Ms.ヘイル」

鍵を開けてくれた管理人が言う。

中に入ると、マーガレットは らせん階段をあがっていく。

らせん階段くらい


「今日からここに住むんですか?」

管理人が下から声をかける

「いいえ、身のまわりの荷物が届いたら」

リビングにつき、ゆっくりと室内を歩く。

「…」

管理人の言うとおり、かなりの家具がそのまま残っている。

Mr.ベルは予測していたのだろうか。マーガレットがいずれここに戻ることを。

「…」

母が好んで座っていた椅子。
 温かい感じにしたくて変えた壁紙。
  いつもギシギシいう床。

ここに4人で暮らしていたことが遠い昔のように感じる。

階段を上ってくる管理人の足音が聞こえる。

「鍵、今日もらえますか」と声をかけるマーガレット。

返事がない。

「…?…」

階段の方に近づくと、黒いスーツの男性が現れる。

「Mr.ソーントン…!」

(つづく)


(つづき)

純粋に驚くマーガレット。

「…ここにいること、よくわかりましたね」

ジョンは近づきながら言う。

「伝えたいことがあるんだ。」

「実は」といって立ち止まるジョン

「今日この後、夜の列車でロンドンに行くことになった。材料の仕入交渉で。」

「…まあ」

「母さんと三人で食事できなくなった。すまない。」

マーガレットは、いいえ、といいながら首を振る。

「残念だけれど…ロンドンにいくべきです。
 とにかく工場再開を最優先にして。
  …一日も早く、軌道にのせてください。」

「…」

ジョンは一歩近づくと 自分を見上げるマーガレットの頬を 片方の手のひらで触れる。

「…」

同じ未来を見てくれる人がいて その人が自分を受け入れてくれた。

そして こうして二人でいる。

**

二人はさらに階段を上る。

マーガレットは自然にジョンの腕に手を添えている。

かつてリチャードとジョンが対話をした書斎のドアを開ける。

書籍は以前と変わらずに並んでいる。

「父は…よくあなたの話をしていました。」

「…」

「違う立場で意見を交わせて楽しい。
  教えることも、教わることもあるんだよって」

ジョンはリチャードと語り合った空間を見る。

「この部屋が好きだった。」

「…」

壁に掛かっている額縁に目をやる。

「こういう…素朴な絵や、
   清潔なカバーが掛けられた椅子や…
    机の上に広げたまま置かれた分厚い本や…」

「…」

「いつ来ても、なんだか落ち着けた。
   きみたち親子の会話を聞いているだけでも、居心地がよくて」

ジョンは独り言のようにつぶやく。

「こういう空間を…求めていたのかな」

「…」
  
「もう一度、会えたら…
  Mr.ヘイル  Mrs.ヘイル
   もっと一緒にいたかった」

「…」

マーガレットは自分が泣いていることに気がつく。

彼女の肩を引き寄せるジョン。

「君はあのころ、いつも家族の誰かのことを心配していた。君自身も不安定なのに、家族のことを。」

「...」

「こんどは君が愛される番だ」

ジョンの香りに包まれる。


(つづく)

(つづき)

(翌朝、マーガレットは宿泊していたホテルを出て、ソーントン家に向かう。)

商店が立ち並ぶ通りを歩く。

「Ms.ヘイル!」

呼び止められて振り返る。

シルクハットを被った男性が通りの向こうから小走りでやっている。

「やあ、ご無沙汰していました」

「…」

視線を下げて会釈するマーガレット。ソーントン家のパーティーで会ったかもしれない。

「ご自分のものになった土地を視察ですかな?」

ハハハ、と笑う男性。

マーガレットは「いいえ…」っと言ってから黙る。

「しかし、Mr.ベルも思い切ったことを…
  人生はわからないものだ…」

値踏みするような男の視線。

「ソーントンの工場の跡地はどうするつもりです?」

「…わかりません。」

不快感しかない。

しつれいします、とその場を離れるマーガレット。

**


工場の敷地内にあるジョンの家。

二階の居間にマーガレットとハンナが立っている。

「ジョンは いないわよ。」

「…はい」

「…」

ジョンではなく自分に会いに来たのだと悟る。

ハンナは窓の見える場所までゆっくりと移動する。

外の石畳を 二人のオブザーバーが相談しながら早足に歩いて行くのが見える。

ずっと静まりかえっていた構内に、いい緊張感が生じはじめている。

窓の外に目を向けたまま 「いまこの時点で、」とハンナが言う。

「ジョンに必要なのは、私じゃなくあなただってことは明白だわね」

「…」

「綿花の現金買い付けも、操業準備も、昨日までは不可能だった」

「…」

「住む場所さえ」

「…」

視線をマーガレットに戻す。

「それで? 私にお礼を言わせに来たの?」

マーガレットはうつむき気味に首を振ると「いいえ」という。

「私の方がお礼を言いに来ました。」

「…?」

「Mrs.ソーントン
  あなたが、母の願いを聞いてくださったことに。」

「…」

マーガレットは、ハンナとの距離を少し詰める。

「母がなぜ、あなたに私のことを頼んだのか。
    今になってわかりました。」

「…」

「母はあなたの強さに惹かれていたのです。
  ワイルドな紡績産業に身を置くあなたに。
   自分にも、自分の妹にもない強さが欲しかったんだと思うのです。」

ハンナは「ワイルド…」とつぶやくと、ふっと笑う。

「感謝しています」

「…」

ハンナはいつもの顔でまばたきをする。

視線をあげて続けるマーガレット。

「それから、もう一つ…母とあなたには共通点が」

「共通点?」

マーガレットはできるだけ普通の声で言う。

「…はい。息子と娘が一人ずついることです。」

「…」

意味がつかめないハンナ

「あなたには、Mr.ソーントンとファニーが。母には、兄のフレッドと私が」

「…!…」

(つづく)


(つづき)

「…」

まばたきせずに、マーガレットをみつめるハンナ。

マーガレットは事実だけを告げる。

頭のいいこの人に 言い訳じみた説明はいらない。

「兄のことは隠していました。」

「…」

「法的な問題で…兄は長い間 海外にいて…。
 ミルトンに来る前から、十年近く会っていませんでした。 そんな中
  ご存じの通り…母の体調が悪くなって」

「…」
 
「母は、死ぬ前に一目 兄に会いたいと…泣きました。」

「…」

「私が手紙を書き、兄は…危険を冒してミルトンに。」

ハンナは少し、マーガレットに近づく。

「間に合ったの?」

「…はい。」

「…」

「最期の時を過ごし、兄はその日のうちにミルトンを去りました。」

「…」

そういうことだったのか、というハンナの表情。

**


「トム」

マーガレットは、工場の外にある階段に座って本を読むトムに声をかける。

「…」

本から顔を上げて「Ms.ヘイル」とつぶやく。

「ニコラスを待っているの?」

コクリとうなずくトム。

「あなたの手紙読んだわ。字が書けるようになってすごいね」

「…」

「その本の続きを読んで。隣で聞かせてね」

もう一度コクリとうなづくと、音読をつづける。

少年を優しく見ながら物語を聞くマーガレット。


**

数日後。

ロンドンから荷物が届く日。

マーガレットはホテルを出て、家にやってくる。

荷物を搬入する男性に「ごくろうさま」と声をかけながら中に入る。

玄関すぐの炊事部屋のほうから、女性の声が聞こえた気がする。

「…」

まさか、と思いながら部屋をのぞくマーガレット。

「ディクソン!」

手を止めるディクソン。

「ああ、Msマーガレット」

大柄な体をこちらに向ける。

「思ったほど、汚れてないですね、この家」

(つづく)



(つづき)

**

マーガレットの部屋。

届いた荷物を鞄から出すマーガレット。

その荷解きを手伝うディクソン。

「おば様やイージスは何か言っていた?」

「ええまあ…」と歯切れの悪い返事。

「あなたと一緒にミルトンに出かけたMr.ヘンリーが 一人で帰ってきて…」

「…」

「いろいろ聞かれてもMr.ヘンリーはあまり話したがらない感じで…
 何があったんですか?」

「…」

今度はマーガレットが黙る。

しばらく衣類をたたんでいた手を止めて、ディクソンにいう。

「ディクソン、私とMr.ソーントンは 結婚することに決めたの」

「…」

「すぐに、というわけではないのよ。
  工場の経営が軌道に乗って、落ち着いてから。」

ディクソンは、小さく頷く。

「そうなんだろうな、と思っていました。」

「…」

「恋愛結婚ですね。お母様と同じように」

そうね、とマーガレットがつぶやく。

ディクソンは、さっぱりした顔で告げる

「お嬢さんが結婚してこの家を離れるまで、私もここにいることにします。」

**


翌朝。

マーガレットは帽子を被り、階段を降りていく。

「出かけるわね」と階下のディクソンに声をかける。

玄関を出て数段の階段を下ると、向こうからジョンが歩いてくるのが見える。

「あ…」

ジョンは、黒いシルクハットのツバに片手をそえて微笑む。

マーガレットも嬉しそうに見つめる。

数日ぶりにあう二人。

「いつ着いたのですか?」

「つい先ほどの列車で。家に戻る前にきみに会いたかった。
  …これからどこかに?」

ええと、と少し考えるマーガレット。

「郵便局まで一緒に歩きませんか」

(つづく)




(つづき)

ミルトンの目抜き通りを並んで歩く二人。

「ロンドンでの商談はどうでしたか?」

「ああ、無事に契約できた。」

マーガレットはホッとした表情でジョンを見上げる。

「…よかった。」

数日会えなかった恋人をみつめるジョン。

「ついでにリバプールにも足を伸ばした。」

「リバプール?」と言いかけたとき、マーガレットは男性の視線に気がつく。

何日か前、彼女に話しかけてきた男が、通りの向こうからジョンとマーガレットをみている。

「…」

数メートル離れたところを通り過ぎるまで無言になるマーガレット。

何かあると察したジョンも黙ったまま歩く。

マーガレットが抑えた声で聞く。

「Mr.ソーントン…先ほどこちらを見ていた人、知り合いですか」

ジョンは振り向き「…ヘンダーソンだ。紡績工場の経営者の一人」と低い声で言う。

「…彼がなにか?」

「私が一人で歩いていたとき、
  ソーントンの工場跡地はどうするつもりかと、聞かれました。」

「…」

不愉快そうなジョンの横顔。


郵便局に着く。

ポストに手紙を入れるマーガレット。

名残惜しそうに向かい合う。

「Mr.ソーントン、夕方、わたしの家に来ませんか。
 もう少し部屋を片付けておきます。」

穏やかに微笑む。

「お茶を飲みに来てください」

まっすぐにジョンをみるマーガレット

その瞳から、ジョンは目を離さない。

「あぁ…必ず行く」

馬車が二人の隣を通り過ぎてゆく。

**

その頃、工場の敷地内にあるジョンの家。

妹のファニーがハンナと話をしている。

「どういうこと?意味がわからない」

ファニーが眉毛を吊り上げながら母に聞く。

対照的にトーンが低いハンナの声。

「だから。この家も、工場も、みんなMs.ヘイルのものになったのよ。」

前の所有者だったMr.ベルが、マーガレットに全てを譲ったことを説明する。何回目だろうか。

「建物の借り貸しの話だけじゃないの。
  彼女が工場に出資する形でローンを返して__」

「なんでそんな…
  どうして…よりによって Ms.ヘイルなの!?」

ファニーは窓の外を見下ろす。

ジョンが歩いてくる。

**

「ただいま」

二階リビングに妹もいることに気がつく。

「ファニー、来てたのか。」

帽子をいつもの場所に置くと、母と妹に目をやる。

ファニーは顎をあげながら いきなり言う。

「アンに見放されたから、Ms.ヘイルなの?
   ジョン!」

「…」

「にわか金持ちの女と結婚して、工場も救ってもらうなんて恥ずかしいと思わないの?」

「…」

ハンナが「やめなさいファニー」と短く言う。

ジョンは鋭い目で妹を見る。

つづけるファニー

「あの人、おなかを空かせた子供に食べ物を運んでいたでしょ?
   その子供の立場ってことよね、今のジョンは!」

「…」

険しい顔だったジョンは、次の瞬間ふっと笑う。

「なるほど、世間の目には…そう映るんだな」

「…」

腰に手を当てて、なにかを言いたげなファニー。

ハンナは冷静な目で成り行きを見ている。

「言いたいだけ言えばいい。
  おれはマシン調整の進捗をみてくるよ。仕事が山ほどある」

階段の方に歩きながらジョンがいう。

「母さん、買い付けは上手くいったよ。木曜には最初のロットが来る」

ハンナは微かにうなづく。

階段を降りかけたジョンが「これだけは言っておく」と足を止め、ファニーを見る。

「結婚したいと思った女性はMs.ヘイルだけだ。」

(つづく)


(つづき)

その日の夜、マーガレットの家。

約束通りやってきたジョンは片付いた室内を見渡しながら、ゆっくり腰掛ける。

「…」

4ブラウスのマーガレット


シンプルなブラウス姿の彼女は、この上なく美しい。

「疲れてますか」

ジョンは軽く首を振る。

リラックスした表情のマーガレット。

コーヒーテーブルで茶器を準備しながら言う。

「私の方は昨日、荷物が届いて…。」

笑顔で続ける。

「ディクソンも来てくれたので、すごくはかどりました。
  片付けとか、お掃除が」

彼女の所作を目で追うジョン。

「…」

「ディクソンは父と母が結婚する前から、母の使用人だったの。
   何十年も一緒にいて…ほとんど、家族同然というか」

カップにお茶を注ぎながらつづける。

「気心が知れているの」

マーガレットはカップを乗せたソーサーをジョンに手渡す。

受け渡しのときに手が触れあい、お互いを見る二人。

「…」

「…」

ちょっと黙り込んだあと、マーガレットが話し出す。

「私、男性の手に触れた経験がほとんどなかったんです。」

「…」

「子供の頃からダンスが嫌いで。踊りたくないから社交界ではいつも壁際に立ってたの。
  それにロンドンでは、素手で握手をする習慣がなくて…」

優しい顔で聞いているジョン。

「だから、あの時__あなたの手が触れたとき__
  あの瞬間は、私にとって大事件だったんです。」

「長々と退屈な話だったようですね、Ms.ヘイル」

「いいえ、少し疲れ気味なだけです」


ソーサーを渡す


おどけたような笑顔。

「…」

ジョンは口元だけ笑ってみせる。

自分にとっても大事件だった。でも そのことは黙っている。

女性の手に触りたいと思ったことなど、あの時までなかった。


少しの沈黙の後、ジョンが言う。

「今回、ロンドンの後、リバプールに行った」

今朝、通りを歩いていたときに途切れてしまった話題を思い出すマーガレット。

「リバプール…輸出とかなにかの手配ですか?」

ジョンは「いや」といって顔を上げる。

「きみの婚約指輪を買いに」

え?と言いながら持ち上げかけたカップを下ろすマーガレット。

「でもサイズは?と聞かれてわからなかったから、買っていない」

「…」

「今度一緒にいこう」

「…」

マーガレットは無言で立ち上がると、書棚にある哲学書をもってくる。

「Mr.ソーントン、ありがとう。
  でも…もう…もらいました。」

そういって、分厚い哲学書をひらく。

黄色いバラの 押し花がそこにある。

「…」

この人が愛おしくてたまらない。


**

階下のディクソン。

ジョンが訪ねてきてから、もうかなりの時間がたっている。

「…」

マーガレットとジョンは何やらずっと話している。

「最終的な製品は」「南部の農業は雇用と言うより」などの言葉が聞こえてくる。

何度かためらった後、ディクソンは階段を上がっていき、軽く咳払いをする。

ジョンが懐中時計をチラリと見る。

マーガレットは、とりとめなく話をしているうちにすっかり夜が更けたことに気がつく。

「…帰らないと」

ジョンはスッと立ち上がると、ディクソンとマーガレットに視線を送る。

玄関に向かって階段を降りていくジョン。

マーガレットも見送りのために後に続く。

二人が去った後、テーブルに哲学書があるのをみて変な顔をするディクソン。

「…」

らせん階段の上から二人を見下ろす。

暗がりで姿は見えないが、二つの影が見える。ボソボソという声。

「…」

明かりが揺らいでいる。

ゆっくりと、小さい方の影は大きい影に包み込まれる。

やがてひとつの影になる。

明かりが揺らいでいる。

「…」

音を立てずに階段から離れるディクソン。

安心したようにまばたきした後、マリアがよく座っていた椅子の背に手を添える。

(つづく)






(つづき)

マーガレットがミルトンに戻ってから約1ヶ月。ジョンの工場はほぼ正常操業になっている。

以前のように活気が戻ってきた構内を歩くマーガレット。

敷地の奥まったところにある食堂に入り「こんにちは」と声をかける。

メアリが厨房で下ごしらえをしている。

「ミス…」

手を止めてこちらを向くメアリに「あ、いいのよ。そのまま続けて」と声をかける。

「人参とお豆を持ってきたの。何かに使って」

テーブルの上に大きめのバスケットをのせる。

メアリは嬉しそうにうなづいている。

「いい匂い。今日はなに?」

「ロールエです」

**

工場の門を出て、通りを歩き始めるマーガレット。

「Missヘイル!」

後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて振り返る。

女性が 馬車の窓から顔半分だけだしてこちらを見ている。

帽子越しにその顔をみるマーガレット。

「ファニー」

ファニーは身振りで、馬車に乗って、と示す。

**

馬車に向かい合わせに座る二人。

乗ってはみたものの ぎこちない沈黙がつづき、居心地がよくない。

ファニーはとっかかりの話題を考える。

「そういえば、三人で食事したんですって?…あなたと、ジョンと、ママと。」

「…ええ」

たしかに10日ほど前、三人で会った。

不思議な食事会だった、と思い返すマーガレット。
ハンナは終始 無言だった。1度目の求婚の件を持ち出すこともなければ、マーガレットと労働者達の交流を非難することもない。ただ淡々と時間が過ぎた。あれはハンナなりの承認だったのかもしれない。

ファニーが少し顎を上げて言う。

「どう?ママと上手くやっていけそう?」

「そうですね...自分なりにやってみます。」

「...」

マーガレットはファニーをみながら続ける

「初めて会った頃 Mr.ソーントンが、あなたのお母様のことを口にしたときがあって」

「ジョンが?」

「ええ。お母様の強い意志と誠意があってこそ自分は経営者にはなれた、と。あの時は掴みきれなかったその言葉も、いまは理解できます。ファニー、あなたのお母様は希有な人です。」

「...」

ファニーは、虚しそうな表情を隠して頷き、半ば強引に話題を変える

「食事と言えばね、今度ワトソン家で夕食会をするの。
  …ソーントンがやっているように、これから毎年同じ日にやるつもり」

「…すてきですね。」

ちらりとマーガレットをみるファニー。

「ジョンと一緒にあなたも招待したから。いらしてね。」

え?と言いながら、顔を上げるマーガレット。

「だって、婚約者なんだから。普通でしょ?」

「…」

ファニーは向かいに座った女の左手を見ていう。

「指輪は?買ってもらってないの?」

さりげなく鼻で笑う。

(つづく)


(つづき)

**

その夜、マーガレットの家。

マーガレットは、昼にファニーに会ったことを告げる。

「ワトソン家の食事会の話…聞いていますか?」

ああ、とジョンが言う。

「あまり乗り気じゃないが…
     一緒に出席できる?」

「…はい」

少し考え込むが、恐れるものはない。

「ところで…」

立ち上がるマーガレット。

「今日、アルゼンチンから手紙が届きました。」

ジョンは少し体を起こす。

「アルゼンチン…Mr.ベルから?」

「ええ」

マーガレットは机の上の手紙に手を伸ばしながらいう。

「私…ロンドンからこの家に移ってからすぐ、Mr.ベルに手紙を書きました。
   あなたと結婚することや、ミルトンに住むことについて…。
   その返事が来ました…」

手紙をジョンに渡す。

ジョンは受け取ると、読んでも構わないのかをマーガレットに目で確認し、四つ折りの紙を丁寧に伸ばす。

=============

親愛なるマーガレット

手紙ありがとう。この国に外国からの手紙が無事に届くことがわかっただけでも嬉しいよ。

そして、マーガレット、婚約おめでとう。思った以上に早くこの話が聞けて感無量だ。本当はイギリスにいる間に祝福したかった。直接お祝いできなくてとても残念だ。ジョンに、人の話は最後まで聞くべきだと伝えてくれたまえ。

ミルトンはwildな場所だが、きみらしく生きていける場所だと私は確信している。
数年前、ソーントンにあの土地を貸して欲しいと頼まれたとき、正直迷った。しかしMrs.ソーントンと若かったジョンの目を見て、OKを出した。あの時のMrs.ソーントンと、きみはどこか似ている。

それから、君に譲った資産はもう君のものだ。投機的な商品から手を引くのも、もう君の自由だ。私に報告する必要はないよ。ただこれだけは言わせてくれ。一生独身だった私からすると、結婚は人生最大の投機だということを!そして、ジョンはそのリスクをとる価値がある相手だということを。

また次の手紙で、アルゼンチンの様子などを伝えたいと思う。

心を込めて
アダム


=============


読み終えると、テーブルの上に置かれた彼女の手を握るジョン。

「君と一緒に過ごすうち、気がついたことがある。」

「...」

「自分がこれまで、どれほど孤独だったか。」

マーガレットは両手でジョンの手を包み込む。

「...」

ベルの筆跡をもう一度見るジョン。これが最後の手紙のように感じてならない。しかし、その言葉を飲み込む。





(つづき)

**

数日後、ワトソン家の夕食会の日、マーガレットの家。

身支度を終えたマーガレットが鏡の前に立っている。

ディクソンが後ろからドレスの色を褒める。

「淡黄色・・・いい色ですね」

マーガレットは「ありがとう」と鏡の中のメイドに言った後、少し笑う。

「イージスに言わせると この色は『冴えないゴールド』ですって」

「え、それは ちょっと・・・」と笑うディクソン。

「淡黄色と、ネックレスの青は相性抜群です。そのネックレスはロンドンから?」

「いいえ、これはMr.ソーントンからの・・・」

「...」

「何?」

「Missマーガレット、ひょっとして二人の時も、
 ・・・その呼び方だったり します?」

「...」

やっぱり、という顔のディクソンの顔が少し緩む。

「そういえば、お母様も、しばらくMr.ヘイルって呼んでいましたけどね、お父様のことを」

**

ワトソン家の夕食会。

ディナーが始まる前に、招待客たちが立って談笑している。

工場経営者とその妻たちは皆、着飾っている。

ドレス姿のマーガレット。

ジョンやハンナは、それぞれ別の招待客たちと話をしている。

主催者のMr.ワトソンがマーガレットに声をかける

「ごきげんよう、Ms.ヘイル」

マーガレットは差し出された手を受けて挨拶する。

「お招きありがとうございます。
  素敵な装飾ですね。」

ワトソンは「妻がいまアジアにかぶれててね」と笑いながらいうと次の客に流れていく。

ゆったりとしたピアノの調べ。談笑がさざめく。

「また会えましたね、Ms.ヘイル」

横から男性に話しかけられるマーガレット。以前 街中で話しかけてきた男だ。

「…Mr.ヘンダーソン、こんばんは」

「豪華なパーティーですね。
   ワトソンは投機で大もうけだとか…うらやましい。」

薄い笑みを浮かべながらマーガレットをみる。

「あなたも随分それで良い思いをしたと聞きましたよ。」

「あなたには関係ないことです。それに
  私はスペキュレーションから、もう手を引きました。」

ヘンダーソンは、ジョンが十分に離れたところで客と話しているのを確認してから言う。

「ほう、そうですか。
  …それにしても何故、瀕死の状態だったソーントンに出資を?
  私は本気でマルボロ・ミルのテナントに名乗りを上げたかったんですがね」

すこし近づき「おまけに結婚するそうで」と小さい声で言う。

下品な想像をほのめかす相手に嫌悪感しかないマーガレット。

はっきりという。

「嘆願書を見たからです。」

嘆願書?とヘンダーソン。

「はい。マルボロ・ミルの労働者たちが書いた嘆願書です。
  ジョン・ソーントン氏の元でもう一度工場を再開して欲しいという内容の」

男の眉がゆがむ。

「…」

マーガレットは、ヘンダーソンをじっと見る。

「あなたの工場の労働者たちも、あなたの元で働きたい、と署名を集めるでしょうか。」

「…」

遠くからジョンが、マーガレットとヘンダーソンの方をみている。

ヘンダーソンは「失礼」というとマーガレットから離れていく。

ためた怒りを放つように、息を大きく吐くマーガレット。

斜め後ろから視線を感じ、ためらいがちに後方を見る。

「…」

ハンナが立っている。

**

ディナーが始まる。

キラキラと光を反射するグラスが、ゴージャスな雰囲気を醸し出す。

一人の経営者が、労働者のミスの話をする。

「あいつら、地名すら読めん。」

「まさか」などと茶化す声

「本当さ。それに指の数以上は数えられないのさ」

 笑い声。

(つづく)

(つづき)

「…まあ、あいつらには必要ないからな」

さげすむ笑いがテーブルを支配する。

「…」

マーガレットはフォークを置くと、静かに、でもはっきりと語り出す。

「マルボロ・ミルに、毎日 本を読みながら父親を待っている子供がいます。」

「…」

隣にすわるジョンが、ゆっくりと婚約者を見上げる。

「最初は簡単な単語も読めなかったけれど…その子は今、デュマを夢中で読んでいます。」

冷ややかな視線を感じながら続けるマーガレット。

「機会さえ与えられれば誰でも、字が読めるようになるし、計算もできるようになります。
  学ぶ環境がないだけです。」

しらけた雰囲気を変えたくて、経営者の一人がジョンに話を振る。

「で?マルボロ・ミルでは、学校でもつくるのか」

経営者たちの失笑。

ジョンは真顔で言う。

「ああ、それはいいアイデアだな。そうすれば」

周りを見回す。

「10年後、字が読める労働者がうちの工場全体の2割になるだろう。」

さらにしらける場。話を打ち止めにしたい誰かが、別の話題を始める。

「…」

マーガレットはジョンの顔を見て微笑む。

「…」

ジョンもマーガレットを見る。

「…」

目だけで通じ合う二人を、ハンナが見ている。

(つづく)

(つづき)

翌日、ジョンの家。

二階の窓からハンナが外を見ている。

出荷する荷を労働者たちがひっきりなしに運ぶ。その隣りを、馬が移動していく。

建物の脇で休憩している労働者が、向こうからきたマーガレットに声をかけるのが見える。

足を止め、笑顔で答えるマーガレット。

近くに座っている他の労働者も会話に加わる。

「…」

ハンナはゆっくりと椅子に戻ると、刺繍をつづける。

**

終業後、ジョンがリビングにやってくる。

「母さん、先月の出荷分は今日、現金回収できた。
  ひとまずよかった」

帳簿を机に置きながら、状況を伝える。

ハンナは座って刺繍をしている。

「そう、よかった」

「これで借金せずにいけそうだ、
   給料の支払いも、次の仕入れも…」

上着を脱いで、椅子の背にかけるジョン。

ネクタイを緩めながらコップの方に歩いていく。

「…」

ハンナは少し考えると、テーブルに生地を置く。

ゆっくりと椅子から立ち上がり、息子の方を向く。

「ジョン、これからのことだけれど」

「…」

立ち止まるジョン。

「結婚したら、いま私が使っている部屋に二人で住みなさい。
  あの部屋が一番広いから。」

「…」

「私はファニーの部屋に移るわ。」

「…母さん」

結婚ということばを初めて口にした母を見る。

ハンナは家の奥を見ながら「明日から少しずつ整理しないといけないわね…」と独り言のように言う。

「…」

息子は母の前に立つと、その腕に自分の手を添える。

「母さん」

ハンナはジョンを見上げる。

「ジョン、私も彼女を信じることにしたわ。」

「…」
  
「彼女が お前のことを信じているとわかったから」

「…」

ハンナは、ジョンから机の上の刺繍に視線を移す。

「あれが、お前と私の最後の一枚。」

「次からは、お前とマーガレットのイニシャルにするよ。」

ジョンは、安堵と寂しさが混じり合った母の顔をみつめる

(つづく)

もくじ
 

**

数日後

マーガレットが町を見下ろす丘の上の道を歩いている。

前方に見覚えのある黒いシルエットが見える。

「…Mr...ァ」

よそ行き用の、すました笑顔のジョン。

マーガレットは少し傾斜のある道を小走りで上がり、息を弾ませる。

ジョンのところに来ると、息を整えて「どうしてここに?」と聞く。

「ヒギンズの娘にきいたら、このあたりじゃないかと。」

「メアリが?」

笑顔のマーガレット。

二人は並んで歩き始める。

「今夜も、忙しくてきみの家に行けそうにない。」

「…そうですか」

マーガレットは帽子の下から、心配そうに言う。

「以前、ニコラスが、あなたは睡眠時間を削って仕事をするって
  言っていました。いつ寝てるんだろうって」

ジョンは、首を振る。

「あの時は、ひどかった…。
   今はちがう。むしろ、いろんなことが上手く回りすぎて忙しいんだ」

ジョンはマーガレットをみつめて「きみのお陰だ」という

マーガレットは優しく笑う。

十字架が点在する道をゆっくり進む二人。

少し下り坂になる。

マーガレットが話題を変える。

「私、預かっているものがあって…」

「…?…」

「あなたの手袋です。」

「…」

ジョンは無言でまばたきする。

「…今度、お返しします。」

「…」

散歩道の像


道沿いにある像を見ながら言うマーガレット。

「ストライキ中に、労働者がマルボロ・ミルに押しかけてきたとき」

「…」

横を歩く彼女をみるジョン。

「あの時、外に出て行ったのが誰であっても
   私はとっさにその人を庇ったと思います。
  だって、私が けしかけたのだから…
         だけど___」

マーガレットは視線をあげる。

「あの状況で、本当に一人で…彼らに対峙しようなんて
  あなた以外できなかった」

「…」

二人の歩く速度が少しずつ遅くなる。

マーガレットはまっすぐな瞳で言う。

「それが出来るあなたを心から尊敬しているし、
  そういうところがとても好きです。
    あなたは…true manです」

「…」

ジョンは視線を下げながら言葉をかみしめる。

気がつくと立ち止まっている。

抱きしめたい気持ちを抑えて、うなづくジョン。

どちらともなくゆっくりとまた歩き始める。

「普通じゃないというなら__
    きみだってかなりの変わり者だ。」

「…?…」

小さく笑うジョン

「マルボロ・ミルの経営者からのプロポーズを断るなんて、尋常じゃないし」

「…」

「そいつが一文無しになったら今度は結婚を受け入れるなんて…どうかしている」

「…」

ふふと笑い合う二人。

ちらちらと視線をあわせながら無言で足を前に動かす。


ジョンが「手袋…」とつぶやく

「返さなくていい。」

「…?」

帽子で見えないマーガレットの瞳をのぞきこむジョン

「きみがマルボロにうつるときに持ってくれば同じだから。」

「ええ」

微笑むマーガレット。

**

道が二手にわかれる場所にくる。

ジョンは懐中時計をみる。

「…」

「…」

こういうときにいつも沈黙する二人。

マーガレットはジョンを見上げて言う。

「、わたしは家に戻ります。」

「…」

ジョンは頷き、小さくためいきをつく。

低い声。

「きみの家に行かない理由はほかにもある」

「…ぇ?…」

自分を見つめる瞳が愛おしい。

「帰りたくなくなるから」

(つづき)



**

数日後

来客のノックが聞こえ、玄関のドアを開けるディクソン。

ジョンが立っている。

ディクソンが表情の乏しい顔で言う。

「Ms.マーガレットは出かけましたが…
    工場で会いませんでした?」

ジョンは帽子を取る。

「今日は、あなたに聞きたいことが」

「…え?」

怪訝な顔のディクソン。

ジョンは単刀直入に言う。

「マーガレットと一緒にミルトンに住む気持ちはありませんか」

もう一度 え?っという顔のディクソン。

「わたしですか」と聞く

うなづくジョン。

「部屋は用意します。」

工場経営者が使用人にこんな話をしに来たことに驚くディクソン。

「…」

「マルボロに住もうと思ってくれたら、うれしい。
   私はあなたを歓迎します。そうはっきり伝えたかった」

「…」

ぁ、ハイ、と小さい声で言うディクソン。

「マーガレットのために、というのはあるけれど、でも
  ただ、それだけではなく」

「…」

「ヘイル夫妻を知っている人が去ることがさびしい。
  あなたはMr.ヘイルと20年以上、
   Mrs.ヘイルとはそれ以上に一緒の時を過ごしたと
       マーガレットから聞きました。」

「…」

「その思い出を共有できたら…」

だまっているディクソン

ジョンは一方的に気持ちを押しつけたと思い、下を向きまばたきをする。

「ゆっくり考えてください。」

「では失礼」と短く言うと、シルクハットを被るジョン。

「…」

ディクソンは小さく会釈する。

**

その夜。

マーガレットはリビングで手紙を書いている。

「Ms.マーガレット」

名前を呼ばれて顔を上げる。

エプロンの前で手を握っているディクソン。

「…?…」

「わたしは…わたしもお嬢さんとソーントン家に住んでもいいですか。」

驚いて目を広げ見上げるマーガレット。

「ディクソン…もちろん…でも」

「…」

「ロンドンに帰らなくていいの?」

帰りたいんじゃないの?とささやくように言う。

「…」

「お嬢さん、わたし…」とつぶやくように言うディクソン

「あなたに子供が生まれたら、その子に言ってあげたいことが出来たんです。」

「…」

「”あなたのお祖母様は世界一すてきな女性だったのよ。”って」

「…」

「それから__
  ”あなたのお母さんは、世界一 勇敢で無鉄砲で
     Ms.ヘイルって名前だったのよ”って」

「…」

「お祖父様とお父さんは話がなかなか終わらなくて
  お茶のお替わりばかり__」

「ディクソン」

笑顔で泣いているマーガレット。

ディクソンは丸い顔をますます丸くして微笑む。










(つづき)

ロンドンでの結婚式を控えた数日前。

マーガレットの家。

外出から自宅に戻り、玄関への階段を上るマーガレット。

 「Ms.ヘイル」

「…」

うしろから呼ばれて振り返る。

シルクハットを被った男性が二人立っている。

驚くマーガレット

「ヘンリー…」

ヘンリーはシルクハットのツバに手をやりながら「ひさしぶり」と挨拶する。

後ろに立つ男性に目をやる。

「こちらはMr.ウェストン。」

目で挨拶するマーガレット

「Mr.ウェストン、こちらがMs.ヘイルです」

**

ディクソンがお茶の準備をしていると、ヘンリーとマーガレットが玄関に降りてくる。

男性二人が家に来てからまだ10分ほどしか経っていない。

ヘンリーは帽子を被るとマーガレットに向き直る。

「それでは、これで」

マーガレットは視線を下げて口元だけ微笑む

「ありがとう、ヘンリー」

ヘンリーも視線をさげて「元気で」というと出て行く。

家の外に出ないで、ドアの内側でじっとしているマーガレット。

「…」

しばらくして、マーガレットはディクソンが茶器を持ってそこにいることに気づく。

「それ、上にお願い」といって階段をのぼっていく。

リビングからはMr.ウェストンとマーガレットの声が聞こえる。

**

Mr.ウェストンが帰った後、茶器をかたづけるディクソン。

マーガレットに聞く。

「先ほどの、あの方は?」

マーガレットは座ったまま書類を見る手を止める。

「Mr.ウェストン。これから私の資産管理を担当してくれる人よ」

「…」

「リード伯の親戚で、Mr.ベルとも親交があったそうよ。
  信頼できる人だって…ヘンリーが紹介してくれたの」

「じゃあ、もうMr.ヘンリーは__」

「ええ」というと、口をつぐむ。

「…」

「でも、これからもヘンリーは親戚で…そして
    頼もしい弁護士に変わりはないわ。」

**

その翌日。マルボロ・ミル

食堂で料理をたべるヒギンズとトム。その隣に座るマーガレット。

メアリは忙しそうに食事の提供をしてる。

ヒギンズがスプーンを置いて「マーガレット」と話しかける。

「お兄さんは、どうなった?」

「フレッド?」と聞き返し、首をふるマーガレット。

「もうスペインに落ち着いてしまっているわ」

下を向くヒギンズ。

「そうか…妹の結婚式…残念だな」

マーガレットは「ええ」と、少し微笑むとうなづく。

「でも、フレッドの中で私の存在はあまり大きくないかも…。」

「…」

 「手紙で私の近況も伝えてあるし、
   お互いに元気ならいいって今は思っている。」

「…」
  
「生きていれば、また会える」

うなづくヒギンズ

「ああ、そうだ。その通りだな。」

**


(つづく)

(つづき)

**

工場の作業場から自分のオフィスに向かうジョン。

ドアを開けると、女性の後ろ姿が見える。

「…」

頬が微かにゆるむジョン。振り向いた彼女にふざけて言う。

「Miss ヘイル、誰かを待ってます?」

「・・・」

一瞬、動きを止めるマーガレット。少し考えるとすました顔でいう。

「ええ、実は・・・マルボロ・ミルの経営者を待っています。
  勤勉で、時間厳守で、自分に厳しくて__」

「・・・」

「ご存じですか?その方のこと」

一瞬沈黙した後、同時に吹き出す二人。相手の反応を見てクスクス笑う。

マーガレットはゆっくりとジョンに近づき、その腕に寄り添う。


「この部屋・・・久しぶりに来ました。」

書類が広がる机の上を見て懐かしそうにいう。

「前のときは、はじめてミルトンに来た日で。私は父と手分けして家を探しをしていたわ。ウィリアムがこの部屋に案内してくれて。」

『そのMr.ソーントンという方に会わせていただけますか』

『この部屋でお待ちください。マスターを呼んできますので』

「あなたは なかなか来なかった。」

マーガレットはイスを指さして続ける。

「ここに座って待ちながら、Mr.ソーントンってお父様と同じくらいの歳なのかなって思っていました。」

「Mr.ヘイルと? どうして?」

彼を見上げる。

「ウィリアムが『マスター』って呼んだから、彼より年上なんだろうなって。」

「実業家には歳なんて関係ないよ。」

美しい笑顔を見ながら、「それは思い込みだな」とつぶやくジョン。

「そういえば、私も・・・Mr.ヘイルの娘は、まだ幼い子供だろうと思い込んでいた。」

『マーガレット?帰ってきたのかい?紹介したい人がいるんだ
はじめての生徒で、友人の、Mr.ソーントン。』
『Mr.ソーントン、これが娘のマーガレットです。』

「まず、女の子じゃなくてレディーであることにびっくりして…更に、いきなり非難されて困った。」

『あなたは、殴っていましたよね?・・・立場の弱い労働者を!』

マーガレットは少し視線を下げるが、はっきりと言う

「殴られても仕方がないことを彼がしたことは、よくわかっています。でも、だからといって暴力に訴えてはいけないわ。その考え方は変わっていません。」

ジョンは、フッと笑って続ける。

「そう、こんなふうに、彼女はいつも自分の意見を率直に話す人だった。こういう女性がいるんだ、とまたビックリした。だけど、何より一番驚いたことは__」

ジョンはマーガレットを見つめる

「__その人に恋をしている自分に気づいたこと」

「ジョン」

「そして、今この瞬間に、その人とここにいて__」

「・・・」

「お互いの第一印象について笑って話している。そんな日が来るなんて思わなかった」

「ジョン」

ジョンは、マーガレットの頬に手を添える。

「君に名前を呼ばれると、どうしていいか分からなくなる」

お互いの名前をもう一度呼ぶ二人。

ドアの向こうではカーディングマシーンが大きな音をたてて稼働している。

この部屋の中は 静けさ(some delicious silence) が続く。

**


ロンドンに発つ前日。

ジョンがリビングの机で何かを記入している。

「まだやっているの」

後ろからハンナが声をかける。

母を見上げるジョン

「明日から4日間もいないから…
  できることは やっておきたいんだ。」

母に微笑むと、帳面に目をもどしペンを走らせる。

ハンナはジョンに近づくと、机の上にハンカチをそっとおく。

「…」

ハンカチを見た後、母を見るジョン。

母はいつもの表情でいう。

「これをマーガレットに」

「…」

ジョンはハンカチを手に取る。

直角に収まる二人のイニシャルがある。

「母さん」

「間に合ったから、渡すことにしたの」

「…」

ジョンは大切そうにハンカチを両手で包む。

「きっと喜ぶよ」

「…」

頷く代わりに二三度まばたきするハンナ。


(つづき)

結婚式の前日、ロンドンに出発する日。

ミルトン駅のホーム。

乗客やポーターが行き交う。

列車から出る石炭混じりの蒸気が漂っている。

マーガレットとジョンがホームを歩いている。

その後ろを、見送りにきたディクソンが続く。

コンパートメントの扉を開くジョン。

ディクソンは晴れ晴れとした顔で言う。

「いよいよですね、Ms.マーガレット」

向き合うマーガレット

「ディクソン、あなたも一緒にこの列車で行けばよかったのに」

「そんな野暮なことしませんよ」と笑うディクソン。

ホームの反対側に南から来た列車が入線する。

「…」

車体に目をやるマーガレット。

両親と共にミルトンにやってきたあの日を思い出す。

  『これからどうなるの私たち…きっとつらいことしかないわ』

『大丈夫よ、ママ…別の惑星に住むわけではないもの』


ギギギギと金属がこすれ合う音が何度も響く。たなびく煙で一瞬 視界が効かない。

ホイッスルの細い合図で、列車が止まる。

北部なまりのアナウンスが響く。

「ミルトン !  ミルトン到着! 北部へのお乗り換え!」

『ああ、どうしてこんなところに…』

『ママ、とにかく降りましょう。
ディクソン、荷物を外へ』


「…」

北の地に降り立つ人たち。あの中に自分がいる気がする。

ミルトン駅くらい


「マーガレット」

我に帰るマーガレット。

ジョンがマーガレットの手を取り「さあ行こう」とささやく。

「ええ」

うなづいて寄り添う。

二人でステップを上がる。

**

ホームで手を振るディクソンが遠ざかっていく。

進行方向にむかって並んで座っている二人。

マーガレットの手にはイニシャル入りのハンカチが握られている。

「この列車に…」

マーガレットはジョンを見ていう。

「乗るたびに、周りが変わっていくの。
  まさか結婚式のために乗る日が来るなんて
   以前は考えもしなかった。」

「…」

ジョンはすこし体を起こすと、マーガレットの額にキスをする。

列車がスピードを徐々に上げ、車窓に見通しのよい草原がひろがる。

「あ」

マーガレットが小さくつぶやく。

ジョンは、彼女の視線の先に目をやる。

「…」

草原の一画に人がいる。30人ぐらいだろうか。

大人も子供もいる。みな手を振っている。帽子を手にもっている者。布を振り上げている者。みな笑顔で何かを叫んでいるが、声は聞こえない。

ジョンは体の大きな男をみていう。

「ヒギンズだ」

マーガレットは座席から立ち上がると窓を開ける。

風が一気に入ってくる。

「ジェシー! ハロルド!」

そこに来ている労働者たちの名前を呼びながら、手を振る。

「アーチー! マリー!」

子供達は列車と競争している。

「メアリ! トム!」

こちらの声は向こうには聞こえないし、向こうの声はここには届かない。

でもそれで構わない。

彼らが見えなくなるまで、手を振るマーガレット。

0列車そらから



読んでくださって、ありがとう!(^_^) 


Wattpadというサイトに ほぼ同じ内容の物語を 英語で投稿してみました。だけど・・・
Margaret Hale & John Thornton    

Wattpadに関する感想はこちら



ある夜 寝ていたら、私の枕元に「こんばんわ。エリザベス・ギャスケルです」と名乗る人が現れ、日本語で以下の話をはじめました。


 

18716

ミルトン駅に一人の労働者が降り立つ。トム・ヒギンズ。いつも本を音読していた痩せた少年は、25歳の青年になっていた。13歳で奉公のために故郷を離れてから10数年ぶりの帰郷である。

 トムは養父ニコラスと一緒に住み始める。ニコラスは数年前に引退し、子供達(実子や養子)はそれぞれ家庭をもっている。トムの姉メアリと妹のスザンナ(バウチャーの娘)はマルボロ・ミルのキッチンで働いている。スザンナは最近結婚し、その夫もマルボロ・ミルに職を得た。

 トムもマルボロ・ミルで働き始める。経営者のジョン・ソーントンは多くの工場をもち、その地域の紡績産業をリードしている。ソーントン夫妻とその三人の子供は 工場とは離れた家に住み、今はジョンの母ハンナだけが工場の隣に住んでいた。ジョンの妻マーガレットはトムが戻ってきたことを心から喜ぶ。ジョンは、合成染料の知識を持ちマシーンの修理などもこなすトムに目を掛ける。

 

18717

夫妻の第2ハリー17)が、夏期休暇でロンドンから帰省する。ハリーとトムは意気投合し、ハンナの家の階下で(トムの休憩時間に)チェスをするようになる。労働者ながらトムにはチェスの知識があった。(奉公先の息子の相手をさせられた経験があったからだ。)
しばらくすると夫妻の第
1ローズ18)もゲームを観戦するようになる。トムはローズに再会した瞬間に恋に落ちる。チェスゲームは当初ローズ達が道で拾った石やワインのコルク栓などを駒に見立てて行われた。やがて、ハンナが孫のためにチェスセットを買い、体裁が整う。

  

18719

ハリーはトムに、将来の夢を打ち明ける。測量学を学びたいという。「紡績工場を継ぐよりも、地球を計り、地図を作りたい。そして、世界共通の経線と緯線で、地球の全ての点を表現するんだ。チェス盤に書かれた縦と横の線のように」

 ハリーがロンドンの学校に帰る日。トムは汽車を見送るために草原に向かう。途中でローズに会い、旅立つハリーに二人で手を振る。帰り道、「あなたは、私たちにとって家族みたいなもの」といわれたトムは、ローズのことで頭がいっぱいになる。

 ニコラス・ヒギンズは亡くなり、愛娘ベシーの傍らに埋葬される。マーガレットはトムから、都会に奉公に出た妹のひとり(バウチャーの娘)が、fallen woman(売春婦)になっているという告白を聞き、自分の無力さを実感する。



187110

トムとローズはチェスを続けていた。夫妻の第3アンドリュー7)も遊びに来るようになる。チェスを通してローズと話すようになったトムは、ますますローズに思いを募らせる。

ある日トムはローズに想いを告白する。驚いたローズは拒否し、逃げるように部屋を出て行く。その日から、どちらもチェスの部屋に来なくなる。

 

187111

ハンナが体調を崩しマーガレットは懸命に看病する。ハンナは言う。「感謝しているわ。あなたと家族になれたこと」。ジョンと最後の時を過ごし、ハンナは亡くなる。娘ファニーは間に合わなかった。(夫ワトソンは数年前にハイリスクな投機に失敗し、経済破綻していた。)

 ハンナの葬式のためミルトンに戻ったハリーは、トムと姉ローズがお互いを避けていることに気がつく。マーガレットは、トムとのことを娘から聞く。「トムが嫌いなわけではない。ただ、告白はあまりに突然で、自分は逃げ出すことしかできなかった。彼の真剣さに答える準備が全くできていなかったから」。娘の言葉を聞き、昔の自分を思い出すマーガレット。

 

18722

ローズはロンドンのイージス宅に滞在する。いとこのショトウ達がチェスをするのをみて、ミルトンを思う。川が異臭を放ち、労働者があふれかえるロンドン。それでも社交やファッションにしか関心を持たない館の人たちに違和感を持つ。そしてトムの誠実さを愛おしく思う。

 ミルトンのトムの元へ、売春婦となって行き場を失った妹が身を寄せる。マーガレットは彼女を支えようとするが、周囲の軽蔑の眼差しに耐えきれなくなった妹は自殺してしまう。

 

 

18725

ジョンは監督係から、工場内で何者かが物を盗んでいる、トムが怪しい、という報告を受ける。一蹴するジョン。しかし周囲の人たちはトムを白い目で見るようになる。また、高価なチェスの駒がいつのまにか無くなっていることも判明する。やっぱりあいつだ、という空気が更に広がる。

 横流しの現場にトムがいた、という証拠が出て、ジョンはトムを問い詰める。嫌疑を否定しないトム。ジョンはトムを解雇すると告げ、罵倒する。「お前が今立っている場所に、20年前誰が立っていたと思う?ニコラス・ヒギンズだ。あいつは私に頭を下げた。お前を養うために仕事をください、と。それなのに、お前は何をした?ここから出て行け!」

 マーガレットのもとに、トムの妹スザンナが泣きながらやってくる。盗みをしたのは自分の夫であって、兄ではないと告げる。また、チェスの駒を持っていたのはアンドリューであることも判明する。「ぼくだってお兄ちゃんが持っている物がほしかった」と泣きながら謝る。

 ジョンとマーガレットは、トムの家に行き、なぜ疑惑を否定しなかったのかと聞く。「せめてスザンナには 幸せになって欲しかった。」そして、駒について言う。「俺は、チェスの駒は盗んでいません。だけど、あの部屋から持ってきてしまった物がある。これです」。それは以前ローズが拾い、ナイト(チェス駒)として使っていた石だった。



18727

ハリーとローズがミルトンに戻ってくる。ハリーは、トムが工場を辞めたことを知ると、トムがどれほど自分を励ましてくれたかをジョンとマーガレットに訴える。そして「僕は将来、測量学をやりたい。」と宣言する。ジョンとハリーは言い争うが、標準地図や標準時間の必要性を実感していたジョンは、息子の希望に理解を示すようになっていく。

 トムは、友人のミシン工場の経営を手伝うために、ミルトンを離れる決意をする。

ニコラスの墓の前でジョンは、トムに問う。「私はマーガレットと結婚できなければ一生独身のつもりだった。お前に、ローズでなければ一生結婚しない、と言い切る覚悟があるか」

トムは答えない。「ある、と返事をしたら? ない、と返事をしたら? 今あなたの質問に答えても何も変わりません。」「マスター、あなたを心から尊敬しています。でも、次に会うときは対等なビジネスパートナーでありたい。」「見ていてください。『歩(pawn)』がどんな風に進化するか」

 自分が拾った石をトムがいまでも大切にしていることを知ったローズは、トムへの気持ちを母マーガレットに告げる。マーガレットは、20年近く前に起きた自分とジョンの再会、そしてローズという名に込めた思いを話す。「あなたとトムの気持ちが変わらなければ、いつか『その時』が必ず来る」といって娘を抱きしめる。

 数日後、トムは北行きの汽車に乗る。草原にさしかかったとき、ハリーが上着を振っているのが見える。そして その隣に立つローズが手で顔を覆う姿が 遠ざかっていく。


(おわり)

Mrs.ギャスケル、約束は果たしましたよ!

 


ジョンとマーガレットが初めて出会うシーンは、ドラマと全然違います。小説の方はかなーり地味。そしてジョンの完全なる一目惚れです。

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ヘルストンの牧師館を引き払ったヘイル一家。母マリアとディクソンはしばらく海辺の町に滞在し、新居が決まるのを待つことに。
マーガレットと父は泊まりがけでミルトンに来て家探しをする。その初日、紡績工場の経営者であるMr.ソーントンという人物からの連絡を待つが、なかなか会えない。午後になり昼食をとるために父娘はホテルに向かう。父は「用事を済ませるから一足先にホテルで待っていて」とマーガレットと別れる。疲れたマーガレットがホテルの部屋に入ろうとすると、従業員が声を掛けてくる。

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ホテルの従業員が言う。

「5分ほど前に男性が来て部屋でお待ちです。実は、午前中にも見えた方です。お二人がいなかったため出直したようで」

「わかりました」

シッティングルームに入ると、窓際に立つ男性の背中が見える。

にこやかに声を掛けるマーガレット。

「Mr.ソーントン…ですよね?」

振り向く男性。

「…」

「はじめまして。」

「…」

ジョンは、現れたのが40過ぎの牧師ではなく 若い女性(18歳)だったことに驚き、返事が出来ない。

「あいにく父は用を済ませに出かけてしまいました。」

清楚なドレスを身につけ、大きなショールを羽織っている。ボンネットの帽子から伸びる白いリボンが清らかだ。

「二回も足を運ばせてしまって申し訳ありません。
  父はもうすぐ来ます。」

臆することなく ごく自然に話すマーガレットを見つめるジョン。Mr.ヘイルに娘がいるとは聞いていたが、まだ幼い子供だと勝手に想像していた。

「どうぞ おかけになってください。」

「…」

ジョンは言われた通りイスに座る。彼女が現れる直前まで、こんなに待たせるな!他の用事もあるんだぞ!とイライラしていたのに。素直に座る自分が意外だった。

「お父上はどちらに行かれたのですか?」とやっと言葉を発するジョン。

「Mr.Donkinのところです。午前中にみた物件のオーナーだそうで__」

ジョンはマーガレットの1つ1つの仕草に見とれる。人によっては気取っているという印象をうけるかもしれないが、話の聞き方(首の傾け方)に育ちの良さが滲み出ている。礼儀正しいけれど相手を緊張させない、親しみやすいけれどくだけすぎない。魅せられてしまう。

彼女が話し終えたことに気づき「ああ、クランプトンの。なるほど」と慌てて付け足すジョン。

マーガレットは初対面の人と話すよりも一人で休みたい、と内心思うが、父が戻るまで会話を続けざるを得ない。身に纏っていたショールを脱いできれいに折りたたみイスの背面に掛け、腰を下ろす。ジョンが斜め前に座っている。

「…」

間近でみる彼女の美しさに頭を支配されるジョン。清らかな目・しなやかな首・すこし上にカーブしている唇・透明感のある肌・洗練された所作…(その他描写が多数)

「…」

マーガレットは共通の話題をさがしながら、なんとか場をもたせようとする。

「北部では寝室4つの物件を求めるのは難しいでしょうか?」

「そうですね…」

**

ドアが開き、Mr.ヘイルが入ってくる。

「Mr.ソーントン、お待たせしてしまって申し訳ないです。
  忙しいところ本当にありがとう。」

ジョンは立ち上がって、誠実そうな聖職者と握手をする。

「はじめまして、Mr.ヘイル。
   Mr.ベルからお話は聞いています」

「私の方こそ__」

もてなす役割から解放され小さく息を吐くマーガレット。男性2人が会話を続ける中、立ち上がって窓からミルトンの目抜き通りを眺める。

**

「よろしければ一緒に昼食、いかがですか」

マーガレットの父がにこやかにジョンに言う声が聞こえる。

「…」

マーガレットは聞こえないふりで窓の外を見ている。断ってくれないかな、あの人…と内心願っている。できれば父とふたりで食事をしたい。これ以上気疲れしたくない。

「…せっかくですが、もう行かなくてはならないので」

父の残念そうな表情とは対照的に、ホッとするマーガレット。

ジョンは、こんなに待たされた上に食事なんて勘弁してくれ、と思う。と同時に、マーガレットが「是非ご一緒に」的なそぶりを全く見せない(むしろ早く帰れオーラを出している)ことに落胆する。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう、ではまた」

部屋を出るとき、彼女が恭しくお辞儀したのを見るジョン。いつになく緊張し意識してしまう。歩くだけなのに体がフワフワしている。こんなことは初めてだ。

**

ジョンが去り、父は娘に言う。

「さあ、何か食べよう。注文は済んでいるのかい?」

「いいえ、そんな暇はなかったわ。だって部屋に入ったら、
  あの人が待ってたから」

疲れ切った表情で父に言うマーガレット。

父は、不機嫌な娘をなだめるように言う。

「随分長いこと、彼は待ってくれたんだね。申し訳ないことをした。」

「長いこと待ってたのは私の方よ、パパ! 
 あの人、全然会話が続かなくって。
  どんな話題を振ってもほとんど反応がないし。
  そうですね、とか なるほど、しか言わないの。」


チャプター7 New Scenes and Faces より

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追記1)
小説の中で説明されているマーガレットの容姿は、(髪の色などが)役を演じたダニエラ・ダンビ・アッシュとはかなり違います。ミシェル・ドッカリー(の若い頃)が近い、という意見をネット上で見ました。ダウントン・アビーで長女のメアリーを演じた女優さんです。

追記2)
当時のイギリスは階級社会で、出会った頃マーガレットがジョンを恋愛対象とみないのは自然なことだったようです。住む世界が違うというか、本来は接点のない二人だったというか。

※以下は、小説の意訳です。ドラマにこのシーンはありません。

イージスの結婚を機に、マーガレットは10年近くを過ごしたロンドンを去り、ヘルストンへ戻る。緑豊かな故郷で父や母と共に暮らせることを喜ぶ。

**

9月の後半、ヘルストンはぐずついた天気が続いている。

居間で本を読んでいるマーガレット。

刺繍をしている母マリアがため息交じりに言う

「ここは田舎よねぇ。ここより辺鄙なところは なかなかないと思わない?」

そうね、と軽く返事するマーガレット。

愚痴っぽい口調のマリア。

「こんなところじゃ、パパだって、まともな話し相手がいないもの。
  せいぜい農家のおじさんや土木作業員や…」

「…」

微笑みながら聞いているマーガレット。

マリアは布を膝の上に置くと不満そうに言う。

「せめて、教区の向こう側だったら、まだ ましなのに。
   …例えばゴーマン家からもそれほど遠くないし、歩いて行ける距離よ」

マーガレットは本から目を離し「ゴーマン家?」といいながらマリアを見る。

「ゴーマンって、あの、サンプトンで事業して羽振りのいい人たち?」

「ええ」

マリアが頷くのをみて、マーガレットが続ける。

「私はああいう…虚業の人たちと関わりたくない。
  汗を流して働く仕事のほうが堅実だし、誠実な人が多いもの。
  ゴーマンの家から離れていてむしろよかったのよ」

「…」

実は最近、Mr.ゴーマンに会ったマリア。

なかなかの好青年だったと娘に言おうと思ったが、今日はやめておく。

「えり好みすると婚期を逃すのよ、マーガレット」

「えり好み?私が?まさか。
  私は、きちんとした仕事をもった人はみんな好きよ。
   衛兵とか船乗りとか、知的職業とか。
   ママこそ、お肉屋さんやパン職人は、対象外なんでしょう?」

母は少し顎を上げて言う。

「Mr.ゴーマンは馬車を扱う事業をしているのよ。
  お肉やパンじゃないわ」

小さく首を振る娘。

「馬車を作って売るのも、似たようなものじゃない。
  お肉やパンのほうがまだ堅実だと思うわ。」



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■ドラマのエピソード1  ヘルストンでのヘイル家日常

■ギャスケルの原作  チャプター2 Roses and Thorns より


※以下は、小説の意訳です。
ドラマのシーンとは微妙に違います。

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「元牧師とお茶を飲むだけなのに、どうして着替えるの?」とハンナに言われながら、ジョンは家を出る。予定より遅くなってしまった。知り合ったばかりに人たちに、時間にルーズだと思われたくない。急ぎ足のジョン。

ちょうど7時半にヘイル家に着く。こぢんまりしたドローイングルームに案内される。暮れてゆく部屋にろうそくを点しているマーガレットがいた。彼女の周りが ほの明るくなる。

先ほどまでいた、あの手入れの行き届いた空間と比べるジョン。きらびやかで美しい、母の自慢のあの家とは対照的なたたずまいだ。

ここには鏡が見当たらない。キラキラと光を反射するグラスもない、金の装飾もない。あるのは、温かみのある色合いの家具と、素朴な柄のカーテンやファブリック。壁際にはダベンポート(蓋付きの机)があって、誰かがさっきまで使っていたのか開いていいる。反対側にはアイボリーの花瓶がある。テーブルの上には本が積まれている。

ティーテーブルでマーガレットが茶器の準備を始める。この、じんわりと湧き上がる気持ちをどう表現したらいいのか。父リチャードから母マリアが紹介される間、マーガレットはカップを温めている。明るいモスグリーンの服を着たその姿はこの家の一部のように部屋に溶け込んでいる。

イスに腰掛けるジョン。音を立てず優雅にお茶を準備するマーガレットを見る。彼女の左手首につけられたブレスレットが気になる。彼女の肌を上下するそれに気をとられて、リチャードの話がまったく頭に入ってこない。マーガレットも気にして、ブレスレットを上の方に固定する。一瞬フィットする。でも徐々に緩んで、結局また手首の方に滑り落ちてくる。思わず「ああ、また…!」と言いそうになる。こんな観察がどうして嬉しいのだろう。ジョンはこのままずっと彼女を見ていたいと思っている自分に戸惑う。でもそうなのだ。

紅茶が注がれ、ジョンがカップを受け取る。父の求めに応じて、砂糖を一つ入れるマーガレット。美しい瞳を父に向けて微笑む。父も微笑み返す。その笑顔にお互いへの信頼や親子の心の余裕を感じるジョン。お茶のおかわりをマーガレットに伝える。自分にもあんなふうに接して欲しい…と思いながら、カップを受け取る。

**

父とジョンが話をしている間、少し離れたところで母の相手をしているマーガレット。まだ頭痛がある。でも もしここで自分が席を立ったら、ジョンを歓迎していないよう見えてしまうのあではと思い、我慢する。聖職者と紡績工場の経営者。対照的な2人の男性を眺めている。話の途中でジョンが笑う。初めて見る笑顔。こういう笑顔は嫌いじゃないわ。いつも難しい顔をしているから、そのギャップで引き立つのかもしれないけれど__

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■ドラマ:エピソード1 ジョンがはじめてMrs.ヘイル(母)に会う日
■ギャスケルの原作 :チャプター10 Wrought Iron and Gold


※以下は、小説の意訳です。ドラマのシーンと少し違います。

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初めて訪れたソーントン家の居間で、ハンナからストライキの話をきくマーガレットと父リチャード。

**

マーガレットがハンナに聞く

「労働者たちはどうして…ストライキを?」

ハンナはフンと鼻を鳴らして言う。

「経営者を引きずり下ろして、自分たちがとって代わろうとしてるんですよ」

「…」

リチャードがまばたきしながら「そんな、まさか」と言う。

「賃上げ…でしょう?彼らの目標は。」

「表向きはそうですけどね。本心は…あわよくば下剋上、です。
そんなことが5-6年おきに繰り返されるわけですよ、ここでは。」

マーガレットが抑えた声で聞く。

「でも…それこそ大変なことになりませんか。ミルトンの町全体が巻き込まれて」

「ええ。もちろん。」と言った後、口の端を上げるハンナ。

「でもいざとなれば怖がっている場合じゃないのよ」

「…」

ハンナは一瞬考えてからつづける。

「何年前だったかしらね。激しいストライキがあって…ある工場が興奮した群衆に取り囲まれたの。工場の中にいた当時の経営者に、誰かが伝えなければならなかった…どんなにまずい状況になっているかを。女性のほうが安全だろうということで、私が敷地の中に入りました。怒り狂った男達の間をすり抜けて。」

「…」

「もう少し遅かったら、その経営者の命はなかったでしょうね。
 ストライキというよりは、暴動ね。臨戦状態。
 __それで、彼に白旗上げさせたのはいいけど、今度は…外に出ようにも出られなくなって。
 どうしたと思います?」

「…」

息を潜めて首を振るリチャード。

天井を指さすハンナ。

「上に行ったんです、屋根の上。屋根にはね、いざという時のために石がおいてあったの。もし工場の正門が破られるような事態になったら、石を上から落とすつもりでした。首謀者をめがけて。」

「…」

青ざめたリチャードの顔をみながら「結局そこまでは至らなかったけれど」と加える。

一呼吸置くとハンナはマーガレットを見る。

「どうです?ミス・ヘイル。やっていけそうかしら」

視線を下げたまま、まばたきするマーガレット。

「ええ、私なりにがんばっています。
  臆病者だと思われるのはいやなので」

ハンナは余裕の表情で言う。

「住んでみればいずれ分かるわ。誰が勇敢で、誰が臆病者なのか。」

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■ドラマ:エピソード1
■小説:チャプター15 Masters and Men
■感想
1)もしかしたらハンナは潜在的にマーガレットを気に入っていたのでは??


※以下は、小説の意訳です。ドラマにこのシーンはありません。


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「モリスンとはどんな話をしたんですか? Ms.ヘイル」

隣から声を掛けられて、横を向くマーガレット。

いつの間にかジョンがすぐそばに立っている。

「ええと…」といいながらジョンを見る。

「港や船や…交易のお話です。知らないことばかりで刺激になりました…でも」

ジョンが少し首を傾ける。

「でも…?」

砕けた雰囲気のマーガレット。

「正直言って、Mr.モリスンの話の進め方はちょっと苦手。
      申し訳ないけど”gentleman”な態度じゃないです。」

「それはなんとも…」とジョンは少し笑って続ける。

「私自身、誰かを評価できる立場じゃないし。
  それにこういう場合の ”gentleman” という言葉の定義はよくわからないな。」

「…」

マーガレットは意外そうにジョンを見上げる。

続けるジョン。

「でも、あえて言えば、彼が ”true man” ではないことは確かですね。」

首をかしげるマーガレット。

「”true man”…?  つまり ”gentleman” のことでしょう? 
  違いがあるのかしら」

今度はジョンが軽く首を振る。

「”man” の方がもっと高潔で優れているニュアンスです、
 少なくとも私にとっては。」

「…」

目で続きを促すマーガレット。

ジョンが続ける。

「周りの人との関係性を言うときは ”gentleman” 。自身との向き合い方について表現するときは”man”」

「自分自身との向き合い方…」とつぶやくマーガレット。

会話を楽しみながらも真面目に応えるジョン。

2パーティー二人


「ええ、自分自身ときちんと向き合える人。己を律することができる人。かっこ良く言えば端然とした人。それが”man” です。」

「…でも、それって」とマーガレットが言いかけたとき、ジョンのそばに別のオーナーが近づく。

「ソーントン、ちょっと話がある」

硬い表情になるジョン。

話しかけてきた相手に目で返事をすると、マーガレットに視線を戻す。

気持ちを隠すように礼儀正しく彼女を見つめる。

「失礼」

「…」

小さくうなずくマーガレット

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■ドラマのエピソード2  ソーントン家のパーティー

■ギャスケルの原作  チャプター20 Men and Gentlemen より


※以下は、小説の意訳です。ドラマにこのシーンはありません。


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逃げてゆく労働者たちの声。

それを追う騎馬隊の音が少しずつ遠のいていく。

ジョンは扉をわずかに開けて、家の中に向かって叫ぶ。

「誰かいないか…誰か!
   Ms.ヘイルが倒れた!」

マーガレットの横にかがむジョン。

こめかみの血が痛々しい。

Ms.ヘイル、と彼女の横顔に呼びかける。

返事はない。
2マーガレットたおれジョン
細い首を支えながらその下に自分の腕を通す。

まぶたが少し動いた気がする。

なんてことだ。つぶやくジョン。

マーガレットを揺らさないように抱え上げ、立ち上がる。

片方の肩をねじりながら戸を押し開け、家に入る。

ダイニングルームには誰もいない。

自分の腕の中でぐったりしているマーガレットを見る。

「…」

ソファーまで来ると、床に膝をついてそっと彼女を横たえる。

優しい香りがする。

「…」

彼女の首の下にクッションを置きながら、心に、全身に湧き上がる気持ちを自覚する。

なんてことだ__離したくない

 __この人を

 どうかしている    
  こんな気持ちになるなんて

 __どうすればいいんだ

そのままマーガレットを見つめるジョン。

「…」

誰かの足音が聞こえ、ジョンは我に返る。

振り返りながら、立ち上がる。

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■ドラマ:エピソード2  マーガレットが倒れた後
■ギャスケルの原作 :チャプター22 A Blow and its Consequences より
■追記
1)このシーンはドラマにはありません。小説ではジョンが、意識のないマーガレットに向かって下のような情熱的な言葉を言います。直訳するとちょっと陳腐な感じだけど…

Oh, my Margaret — my Margaret! no one can tell what you are to me!( 中略)… you are the only woman I ever loved! Oh, Margaret — Margaret!" 
ああ私のマーガレット!愛しいマーガレット!私にとってきみがどれほど大切な存在なのか、言い表すことはできない。(中略)愛した女性はきみだけだ。ああマーガレット _マーガレット!

このシーンを見たかった。アーミテージにやって欲しかった。台詞はまあ、アレンジした方がいいかもだけど。せめて抱き上げて運び込むところだけでも!なんでないんだろう…。
ちなみに1975年のドラマでは描かれています。

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